藍生ロゴ 藍生5月 選評と鑑賞  黒田杏子


わづかな惣菜買ふ手にすこしぼたん雪

(東京都)今西 美佐子

 年を重ね独り暮しの自分のたたずまいをこんな風に表現できる俳句という詩型はすごい。もちろん、表現者としての長い修練の上に恵まれる作品なのであるけれど、絵画でも映像でも散文でもここまでは表現できない。どの言葉にも、つまりこの句のどこにも無駄が無いし、ゆるみが無い。ささやかな買物をする自分をもうひとりの自分が慈愛をもって見つめている。そんな句に読み手は励まされる。



仮寝覚むるや立春の星明り

(東京都)安達 潔
 この作者の「ドライバー日誌」は3月号で四十回を迎えている。タクシードライバーの安達さんの日常、その人となりが毎号ここちよく伝わってくる。仮寝覚むるやはだから自宅で仮寝しているのではない。仕事の句である。句またがりの勢いが一句に鮮度を与えている。立春の星明りは作者の幸福感そのものであろう。作者にとって残る句であろう。



まつくらな玄関に踏む年の豆

(埼玉県)山崎 志夏生
 自宅の玄関である。家族はすでに寝しずまっている。灯りも消えている。靴底が踏みしめて、つぶした年の豆。臨場感もなかなかなものである。生活の中の、いやすこしオーバーに言えば人生の中のある時間を切りとって一句に仕立てる。そんな句を大切にしているように見える作者のこれは成功例である。


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