藍生ロゴ 藍生10月 選評と鑑賞  黒田杏子


青梅の香り陋屋豊かなり

(徳島県)加治 尚山

 青梅をたっぷりと収穫した。これから梅漬けをしてゆくのか、梅酒をつくってゆくのか、それは問わない。ともかく、いま作者の棲む先祖代々の家屋の空間は採りたて、もぎたての青梅の香に満ちている。青梅の香りをこよなく愛し、賞でることによろこびを感じる人生。陋屋豊かなり。こう言いきれる人の自然観人生観に共感し、羨ましくも思う。



天道虫ならば棺に来てもよし

(東京都)二宮 操一
 お訣れの際、棺にさまざまな生花を収める。いつか山百合を静かに捧げたとき、小さな小さな青蛙がその緑の葉に載っていたことがあった。花舗の花ではなく、特別に山から手折ってきてもらった花であった。作者のこの句、天道虫といういきものが輝いている。やわらかなこころ、若々しい感性が一行の詩となっているところ、さすがである。



夜仕事の母にほうたる来たりけり

(静岡県)岩上 明美
 夜仕事・母・ほうたる・天城山中のわさび農家に嫁いだ俳人岩上明美さんのこころのたたずまいが浮かび上がってくる。母は夫君の母上。嫁としゅうとのゆたかな関係が映画のワンシーンを眺めるごとく、こころに沁みてくる。明美俳句はいよいよ佳境に入ってゆく。


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