藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


桜榾焚いて海女小屋桜の香

(三重県)中條 かつみ

 桜榾を焚く場に居合わせたことがある。忘れもしない「四国遍路吟行」を重ねていた頃、阿波の十二番焼山寺さんの囲炉裏で、大きな大きな桜榾を大きな炉にくべて下さった。鳴門金時や銀杏を焼いて下さったことも忘れられない。前夜思いがけない春雪となり、吟行会の開催が危ぶまれたが、各地から大勢の参加者を得て、忘れがたい一日となったのだった。この作者中條さんは海女さんたちの暮らしを長年にわたって詠みつづけている。私も一度連れて行って頂いた海女小屋の空間が眼に浮かぶ。桜榾の放つほのかな桜の香を海女さんたちと語り合いながら海女小屋で聞きとめている作者の横顔が浮かぶ。



春愁を知らぬ人こそ哀しけれ

(新潟県)飯塚 白山
 ステンレス工業の経営者から、そば打ち修行に打ちこみ、手打ちそば「とどろきや」の店主となって十余年。飯塚白山さんはいよいよ若々しく、活力に満ちた表情で勉強句会に現れた。宗左近俳句大賞俳句大会ののちに弥彦で開かれた句会でこの句が登場。白山さんの名告りがあって納得した。野澤節子先生のあとを受けて私が新潟日報俳壇の選者になった頃からの投稿者。句友の進展は嬉しい。



ばばさまのさくらの話おそろしき

(福島県)小山 京子
 たった一行一七音字の世界は大きく深い。さくらの話おそろしき。と書かれて読み手はさまざまに想像をふくらませる。ばばさまの、この上五がこの句のポイントである。この作者の句としては珍しいタイプのものであるが過不足のない表現となっている。


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