藍生ロゴ 藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


煙草収穫夏の夜明けを畑で待つ

(茨城県)植木 緑愁

葉煙草農家の指定を受けて、緑愁さんは夫人と共に全身全霊をかたむけて働いている。農作業で鍛え上げられた身体はバネを蔵している如く敏捷に動く。ともかく日焼けした顔はぴかぴかとかがやき、寸暇を惜しんで句作に打ち込む。坂東吟行の観世音寺佐白観音で、私は<句狂人農夫緑愁時鳥>の一句をこの人に贈った。葛飾北斎が晩年、画狂人北斎と名告り、その墓にも彫りこんでいるその事実を心に置いて成った一行であった。



バスは今お盆の川を渡りゆく

(神奈川県)石川 秀治
 お盆の川というとらえ方が新鮮である。そのバスに揺られて、作者は亡き父母のことその他ゆかりの人々のことを想っているのだ。強い日ざしをギラギラと照り返す川波。橋を渡りきる頃、静かに瞑目している熟年の男性。



十六夜の雨音にもの思ひけり
(東京都)糸屋 和恵
 古典的な情緒と現代感覚がバランスよく一行を構築している。この人の句には昔から余白があった。さりげない表現が余韻を生むのである。知性が一句の底に静かに流れている。多作多捨を試みて、自分を鍛え、一段高い作品をめざすべき時期に立っていることを自覚して前進して欲しい。


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