2008年藍生７月選評と鑑賞

　藍生７月　選評と鑑賞　　黒田杏子

御祭の昼の太鼓は子が打ちぬ

（神奈川県）髙田　正子

　夜の太鼓は練達の大人が打つのであろう。何でもないことのようでもあるが、その場に身を運んだ作者があっと気が付いて句帳にこの一行を記したその瞬間に納得する。太鼓を打っている子どものたたずまい、あたりの雰囲気いろいろと見えてくる。太鼓を打つ子を見守るその地域の長老たちの表情も見えてくる。この一句の手ざわりは貴重である。いかにも髙田正子の作品である。

野良を焼くみな犬を連れ子を連れて

（埼玉県）熊谷　一彦

　野を焼くとか畦を焼くというのでなく、野良を焼くというこの上五のことがづかいが愉しい。そして中七から下五にかけていよいよこの句の世界がいきいきと精彩を帯びてくる表現となっている。犬っころも子どもたちも浮き浮きとしているその雰囲気が手にとるように伝わってくる。この作者の句として、新境地に立った作品という印象が強い。

月光の釉ながれけり糸桜

（京都府）滝川　直広

　釉は釉薬。陶磁器の表面に塗ってつやをつけるものである。作者は咲き満ちて、ふわりと地にしだれる糸桜のゆたかなたたずまいに、月の光が釉薬のようにかかっていると感じとったのである。月光の釉というとらえ方もすばらしいが、その釉が糸桜の大樹を覆っている、そのさまをながれけりと言い止めたところも見事である。月夜の晩の糸桜との邂逅がもたらした美しいことばである。


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