藍生ロゴ 藍生4月 選評と鑑賞  黒田杏子


日光の後の月光冬の草

(神奈川県)石川 秀治

 この句に出会って、石川秀治という作家が新しい境地に前進していることを知った。第一句集「海坂」刊行ののち、体調を崩されたり、俳句とすこし距離を置くような状態にもなったことがあった。人生には山坂がある。深い谷もあれば涼風の吹き抜ける草原もある。ところでこの句、実にいきいきと新鮮である。表現はシンプルであるが、ダイナミックな構成ともいえる。主役は冬の草。まみどりの冬の草にいま月の光が注いでいる。日中は冬日がたっぷりと当っていたそののちのいま。冬草、冬の草がこういう角度からクローズアップされたことはなかった。佳吟である。



そっと置く世に亡き夫に来し賀状

(埼玉県)渋谷 澪
 全国のつどい長崎大会の折、全日空ホテルの明るい朝食会場で、ご夫妻で向い合って卓についておられ、ご主人ともお話をさせて頂いた。そっと置く。この上五のやさしさ、かなしさ。澪さんの句をじっと見守っておられる人のこころは永遠である。



かみさんとあやとりをするふしあはせ
(東京都)横井 定利
 綾取の句はめったに近ごろ見かけない。川・熊手・箒・鼓・琴・梯子などと言いながら向い合ったふたりで交互に紐(糸)を繰り、絡げて取り合ってゆく。ひとりで遊ぶひとり取り、というものもあった。この句すべてをひらがなで表記したところが面白い。かみさん、あやとり、ふしあわせに漢字をあててしまったら、この幸福感は生まれない。


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