藍生ロゴ 藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


凩や道なきごとくあるごとく

(石川県)小森 邦衛

 作者は輪島に住んでいる。日経新聞の俳壇選者になってまもない頃、私は会社員であった。何回か入選していた小森さんから高島屋(日本橋店)での個展の案内状と図録が送られてきて、会場に出かけ、その人に会い、作品を拝見した。 陶芸家である小森さんは、制作にあたって、分業というやり方を一切せず、はじめから終りまですべて自分で仕事をすすめられる。すでに人間国宝にもなっておられるけれど、そのいき方は変わらない。昨秋、また高島屋で個展をされたが、「仕事がたのしいので幸せだ」とおっしゃり、「来年からいよいよ投句させて頂きます」と。「藍生」への投句が始まっている。この句は小森さんの実感そのものなのだと思う。日々作品の制作に打ちこんでいる人が、俳句という表現活動に立ち向かうとき、そのつぶやきはそのまま見事な一句に結晶してしまうようだ。



よく遊びよく焚火せし手なりけり

(石川県)橋本 薫
 夫君の俊和さんが亡くなるなどと誰が想像しただろう。薫さんの哀しみを想うとき、言葉を失う。この句、納棺のときのものではないだろうか。「藍生」の十周年の折、橋本夫妻の曽宇窯で、私の句皿を焼いて頂いた。橋本家に泊めて頂いて素焼の皿に句を書いた。慣れないので、よく筆が走らない。薫さんの絵付の手際を見ていると、紙に書くよりも自由自在。プロの仕事に敬服した。あの時、俊和さんとたっぷり話した。武生までお蕎麦をたべに連れて行っても下さった。薫さんを敬愛していた俊和さん。天国から薫さんを見守り、護りつづけて下さると信じている。



怒りては双眸を伏す冬鴉
(埼玉県)熊谷 一彦
 鴉というものの尊厳を知らされた。こんな風に鴉の心を読みとった句を知らない。熊谷一彦という人の作品は、遍路という「行」をなしとげて、確実に深さを増している。「行」の恵みがはっきりとあらわれているのだ。


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