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湯あがりの夕がほの闇母の闇 (石川県)橋本 薫 |
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この闇のやさしさ、なつかしさ。上五・中七の世界が座五の母の闇に転じて落ち着いてゆく。言葉の織りなす世界のゆたかさを惜しみなく堪能させてくれる作品である。この作者の俳句表現に対する試みは一貫して続けられてきており、ありきたりの俳句作品ではないレベルのものを求め、めざして冒険を重ねてきていたことの成果が、このように平明かつ典雅な独自の美意識を示す作品に結晶したことを心からよろこぶ。 |
遠くより初蝉の声出勤す (兵庫県)畝 加奈子 |
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若々しい精神。仕事に出かけてゆくために門を出る。あるいは住まいのドアに鍵をかける。そんなときにはるかな蝉の声をききとめたのである。「あっ、初蝉」とおもった瞬間、作者のこころがぱっと灯った。足早に出かけてゆく作者の足どりが見える。 |
サンダルのこの世を浅く踏める音
(京都府)田中 櫻子
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いかのも櫻子さんの句である。若い女性の華奢な夏の履きもの。サンダルもこんな風に詠まれると冥利に尽きるのではないか。軽く踏むとせず、浅く踏むと書いたところにこの作者の独自の物の感じ方が出ている。 |
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