藍生ロゴ藍生10月 選評と鑑賞  黒田杏子


蝮草うしろすがたを伸ばしけり

(埼玉県)山口 都茂女

 面白い句である。言われてみれば蝮草には前正面と後ろ正面というものがたしかに感じとれる。蝮草がそのうしろすがたを伸ばしたと見てとったとき、作者の背すじもすっと伸びてゆく心地がしたのかも知れない。草であれ人であれ、その表側でなく、後ろ側というものに関心を寄せ、自ずと心を寄せてゆくという気質がこの作者山口都茂女という人にあって、そのものの見方、歩み方にひとつの傾向、世界のようなものが貫かれているのだと感じる。



青梅雨の父は孤立を深めつゝ

(東京都)権瓶 玲子
 その父をそっと見守る娘の視線。孤独を深めつゝ、なのではないところにこの句の存在感があると思う。その父はすでに年輪を重ねているのである。いつとなく自分自身のひとりの世界に籠るようになってきている父のすがた、その日々を作者は見つめている。人間というものが時間の中で変容してゆくという事実。父は自分を支えようと力を尽している。青梅雨の世界の底で。



浅沙咲く一語一語が信じられ
(東京都)田邉 文子
 田邉さんの作品として残る句だと思う。一語一語が信じられ、というような世界をさりげなく詠み上げているが、このような表現は誰にでも出来るものではない。言葉だけのことでなく、作者の人間性、人生観そのものなのであるから、一行の俳句の抱え得るその世界は無限に深いのだと励まされる。


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