藍生ロゴ藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


剪定の一枝がとんできて弾む

(神奈川県)田 正子

 剪定の一枝がとんでくる。というところまでは書けても、弾むとまではなかなか言いとめられない。実際にその場にいて、正子さんと同じものを見ていても、そこまで作品化できる人は稀だ。剪り落とされた枝の動きを完ぺきに詠み上げて作者も会心の一句であろう。この句のリズムもいい。余分なものは一切排して過不足のない表現。よく晴れた春の日、生きてこの世にあることが嬉しくなってくる。上昇気流に乗ったこの人の行く手を愉しみに見守っていきたい。



雛仕舞ふしづけき時の奥にかな

(岩手県)菅原 和子
 箱の中とか、くらがりの中にという一般論をとび越えて、その雛を仕舞ふ場所は、しづけき時の奥、つまり静謐な時間のその奥という空間なのだと言い切っているところにこの句の魅力がある。この作者の作品は近ごろ生彩が加わってきている。長い句歴の中で、とても新鮮な想いで句作されている。それがいまという人生の刻なのだと想われる。



夜ごと聴く大江光や春近し
(東京都)新井 靖子
 靖子さんはこの投句を認められてのち、天上へとび立った。「ラメール」という詩の雑誌の俳壇欄を担当していたその昔に私は靖子さんの投句ハガキと出合っていた。享年三十九歳。当時この人は十代の終りではなかったか。小さな字をきっちりと書く人だった。含羞そのもののような人に、背負いきれないほどの春愁がとりついたに違いない。深悼


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