藍生ロゴ藍生7月 選評と鑑賞  黒田杏子


東京のまちかどにわれ春一番

(埼玉県)本田 正四郎

 本田さんはリハビリに打ち込まれ、左手で立派な文字を書かれるまでに回復された。東京のまちかどに実際に車椅子で出てこられたのかも知れないが、元気で活躍しておられた頃の自分の姿を回想の中で、東京の街角に置いてみて詠んだ句、どちらでもいい。春一番のニュースを聴き、テレビなどでその首都東京の映像を見たりして、即座に浮んだという句でもよいと思う。この投句ハガキを手にとり、じっくりと五句を読み、この句を選んだとき、思わず私は涙ぐんだ。本田正四郎さんの、俳句による「回生」を実感できて。



桜貝孤独に死んでしまひけり

(東京都)岩井 久美惠
 重たい句である。人に看とられることなく、死後に孤独なその姿を発見される例がふえている。生ずるもひとり、死するもひとりなのであるから、そのことは別に哀れなことでも、悲しむべきことでもないのかも知れない。岩井さんの句はズバリと詠んで、強い印象を与えるものがよくある。この句も桜貝というあえかで美しく優しいものを配して、孤老死した人を悼んでいる。省略が利いているだけに、一行の存在は重たいのである。



花烏賊をおだてるやうに炒めけり
(大阪府)たかぎち ようこ
 炒めているのに、その刻まれた烏賊がふくらんでくる。ふっくらとしてくる花烏賊の鍋の中の質感をよく表現し得ていると思う。にこやかに、愉しげにエプロンをかけてガスレンジの前に立つようこさんの面ざしが見えてきて、思わず読み手もうきうきしてくる。


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