藍生ロゴ藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


明易の道端にひと爪剪って

(ニューヨーク)原 炎馬

 生きている限り、髪も伸びるし、爪も伸びてくる。髪は伸びたままでもいいが、爪はそうはいかない。路上生活者なのであろうか。道端に跼んで爪を剪る人間と、その様子を見届けて過ぎてゆく人間と。明易の上五が、その場面のトーンを明確に印象深いものにしている。ニューヨーク暮しの収穫。



海苔粗朶の波見て帰る墓参

(神奈川県)石川 秀治
 静かな、しかし想いの深い句だと思う。墓参の句としてユニークであるが、報告的な句になっていない。海の波を見て帰るというだけであれば彫りが浅い。墓に祀られている人、親きょうだい、祖父母など、さまざまな思い出のある人のことを考えている人の眼前にひろがる海苔粗朶の波。心憎い配置だ。



萍の中に蛙やまたたかず
(神奈川県)岩田 由美
 またたくは新明解国語辞典によると、まばたくの意の老人語とある。由美さんの両眼が萍の中に見つけた蛙、その蛙はまばたきをしないでじっとしていたというのであろう。面白いところをとらえたと思う。みどりの萍、蛙もみどり色なのだろう。何ともみずやかな構図である。


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