藍生ロゴ藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


子遍路に夜のちかづく鈴の音

(神奈川県)森田 正実

 この句を八年前の私は採れなかったのではないか。遍路吟行という集団学習、鍛錬吟行句会を重ねて歳月が流れた。現在の私には子遍路の姿も、遍路道のたそがれも、遍路宿の雰囲気も、もちろん遍路鈴のその音色も親しく、懐かしいとも思える体験世界である。作者の森田正実さんは、このところ毎回遍路吟行に参加している。はるばる神奈川県から四国まで、仕事ざかりの日程調整は苦労が多いのではないかと推察する。この子遍路のこころ、想いは、そっくり森田さんのものである。一行十七文字にその「気」が入る。作者自身がいま、誰よりもその手ごたえを感じているにちがいない。



みづからに生還を課す百千鳥

(兵庫県)今井 豊
 四月六日の消印のある今井さんからの官製はがきに「拝啓 近況を取り急ぎご報告いたします。3/7に入院、3/10〜3/11にかけて25時間にわたる大手術に成功しました。2週間にわたるベッド上絶対安静期間を終えて、、3/24にも2時間強の手術。ぼちぼち歩けるようになり、この葉書も片目で書いております。もうすこし、この世で俳句を作ることが許されたようです。仕事の方は、8月まで休職いたします。またお目にかかれる日をたのしみに養生いたします」。頭部の大手術という難関を突破した今井豊さんは、本年度の西東三鬼賞を受賞、賞金50万円が授与されている。ご検討を祈る。



酒で骨洗うてやりぬはだれ雪
(東京都)大矢内 生氣
 おそらく故人は酒の好きな人であったのであろう。作者とは深い交流のあった人であったことが、洗うてやりぬという中七に示されている。はだれ雪が動かない。お骨となった人物は作者のこの友情を何よりのものと享けとめたろう。


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