藍生ロゴ藍生4月 選評と鑑賞  黒田杏子


寒禽の眼いづれのきおくにも

(東京都)石川 仁木

 藍生集の選句はいつでも取りかかれる仕事ではない。投句はがきの一枚一枚とじっくり対面し、対話し、ときには添削をほどこし、その作者の作品として採る句、削除する句を決定してゆく。「日経新聞」や「新潟日報」、NHK俳句大会、毎日俳句大賞その他の選はぼう大な作品の中から決められた数の入選句を決定してゆく作業であり、気力、知力、体力を傾注する藍生集の選句とは全く別のものである。投句はがきの中から、この句がぱっと立ち上ってきた。懐かしい筆跡、まぎれもない、石川仁木君の作品だ。この人の投句の文字は誰のものよりも明快で美しく心地よい。五句それぞれに作者の心と眼がしっかりと定置している。創刊15周年の旧正月の元旦、還ってきた俊英、石川仁木の作品に遭遇できた。



鼠取掛けて枯野の夢をし

(ニューヨーク)原 炎馬
 この作者のはがきを手にして、思わず笑ってしまった。俳号の由来は不明だが、本名は岩崎宏介である。岩崎君の盟友は、いまや物理学博士の奥野広樹君。ことしの奥野君の賀状に、「先生、いよいよ近く僕の加速器が完成します」とあった。その昔、宏介君が「奥野の結婚披露宴をフランス料理の店で今晩やります。東大オケのメンバーが特別演奏します」と電話をくれた。「残念、私ね、『一木一草』で俳人協会賞をもらって、今日は京王プラザで授賞式だもの」なんてこともあった。昭和41年生まれの彼らこそいま働きざかり。炎馬でも、加速器でもいい。十全に生きて、たっぷり俳句にも遊んでほしいと思う。ことし85歳の大先達の句を想いだす。

 よく眠夢の枯野の蒼むまで   兜太



幾重にも寒の花火の反りやまず
(長野県)内山 森野
 このオバさまのパワーは抜群である。句作に打ち込んでいる人は無数にいるが、この人は「才能はないので、努力で勝負します」と私に宣言した。有言実行、その実践活動は信頼できる。公務員として定年まで働き、同時に農家の主婦として、土とじかに接してきた女性。歌人斎藤史の「われは信濃の願人の姥」という絶唱を、この作者は体得している。


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