藍生ロゴ藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


風波を突っ切ってくる鮭の群

(兵庫県)中岡 毅雄

 新潟県村上市に吟行をして得た作品の中の一句である。三面川の鮭漁は有名である。私も村上には何度か行っている。この作品はおそらく単独行であったと思う。雪や霰や霙が日本海のこの城下町に冬季身を置くと、つぎつぎに体験できる。しかし、吟行をする旅の者にとっては、戸外の寒気はきびしく、生やさしいものではない。鮭はかなり大きな魚体であり、重量もある。産卵の場でもあり野生のいのちのせめぎ合いの現場である。過不足のないことばの構築に鮮度がある。



自転車の灯に真冬なる草紅葉

(神奈川県)石川 秀治
  石川秀治という俳句作者の句である。自転車で夜道を帰宅するところでもあろうか。真冬、月もない晩であろう。たまたま自転車のライトが照し出した一角にあざやかな草紅葉が浮かび上る。何と美しい。冬紅葉というものはよく詠まれているが、真冬なる草紅葉という言葉には、その状況からして、読者も作者同様ハッとさせられる。鮮烈な瞬間は日常の時間の内にある。



北風や怒りしづかに働きぬ
(愛知県)近藤 愛
 しづかには怒りにつらなるのか、働きぬにかかるのか、どちらにもとれる。読者は各自好きなように受けとってよい。この句のよさは、北風・怒り・働くという三つのキーワードが公務員である若い女性の現在を示していること。そしてその一行の中に、しづかにという作者の矜持がさりげなく表明されているところにある。愛さんの愛さんらしい俳句が復活してくる兆しが見えて嬉しい。


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