藍生ロゴ藍生2月 選評と鑑賞  黒田杏子


音たてて木の実ぶつかる滝の前

(東京都)岩井 久美恵

 この人ならではの一行。上五から中七にかけての描写はこの人でなくとも可能であろう。すばらしいのは下五の滝の前である。その滝はごうごうと天地をゆるがせて落下しつづける。その大滝のまん前にばらばらと落ちつぐ木の実と木の実がぶつかり合う。滝のエネルギーと山を埋める木々の放つ木の実のエネルギーを一句の空間に収めた秀吟である。



傷ひとつなき盆栽のくわりんの実

(東京都)坂本 宮尾

 おもわず嬉しくなって、いよいよその盆栽の風格のあるかりんの木の実をじっと見つめる心地にさせられる。何といってもかりんの実であるところが面白い。あのごつごつしたような、いびつなものの多いかりんが盆栽というミクロコスモスの中心に輝いている。



初木枯ちりぢりの友集いけり
(東京都)高島 秋潮
  久保田万太郎の人口に膾炙された一句「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」を憶い出す。作者は長寿者。九十に手のとどきそうなお年である。俳歴も長い。万太郎の句は幼なかりし日の友も暮らしも記憶もちりぢりになって・・・・・という内容だが、高島さんのこの句では、はじめての木枯に見舞われた日に、ちりぢりばらばらであった旧友達が集うことを得た。そのよろこびが一句を満たしている。しかし、どの人も齢を重ねている。尊い一期一会の時間であったことが伝わってくる。


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