藍生ロゴ藍生11月 選評と鑑賞  黒田杏子


山百合の哄笑谷に木魂せり
        
(神奈川県)ジョニー平塚
 山百合である。他の百合の花ではこの感じはない。ひとりで森の中に入ってゆき、作者はその木魂に全身を包まれたのである。谷に、この二文字が大切である。平地ではない。谷の湿潤な気が伝わってくる。山百合の生命感は独特のものであるが、作者のこのアニミズムな感覚に共感を覚える。



鉾立の縄一尺を頂きぬ
(京都府)今阪 雅子
 祇園祭の鉾立である。作者は鉾立の現場に身を置いて、そこで使用された縄の端を頂くことが出来た。一尺という具体的な提示がこの句に生彩を加え、作者の心のたかぶりとよろこびが過不足なく表現されている。おもいがけず出来た句であろう。賜わりものの句の、この見事な輝きに拍手を送りたい。



母荒れて孤島となりし梅雨の家
(神奈川県)木寺 洋子
 どういうことなのですかと疑問を抱かれる読者は老年の人間の荒廃ということをまだ知ることのない若さの中に在る人、または老いて崩壊してゆく人間と縁のない幸福な人である。作者は美しく知的で優しかった母に育てられた。その母が終末近い段階にきて変容した在様をこのように詠まずにいられなかったのである。老いた父や母を詠んだ句はいくらでもある。しかし、これほど荘厳な句はいまだ詠まれていない。作者は句歴が浅い。しかし、手なれた作者、俳句になずんだ作者には絶対に詠めない唯一無二の句を詠んだのだ。



10月へ
12月へ
戻る戻る