藍生8月 選評と鑑賞 黒田杏子 |
さくらさくら枝垂るるはみなひらくため (大阪府)田中 櫻子 |
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櫻子というペンネームを持つ若い俳人の作品である。山国御陵とも呼ばれる常照皇寺のほとりに勤務の都合で住まいする機会を得た作者は、この山内の桜の木の定点観測に打ちこんだ。自転車でゆける桜の名木に暁方、夕刻、休日の日は日中と通ったという。説明は要らない。かの名桜、九重ざくらの無数にしだれて比類のない気品をたたえた花を付けるその夢のような場に身を置いて、おのずと胸の底より湧きのぼってきた言葉であろう。 |
停電のこの大阪に葱坊主 (大阪府)たかぎち ようこ
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作者はもち論大阪にいま居るのである。たまたま停電という事態になった。人間も動物もすべてがその影響を受けるのだが、作者がその時間を共有したもっとも親密な存在が葱坊主であった。葱坊主からすれば、たかぎちようこであった。 |
書くことにのみ満たさるゝ花吹雪 (秋田県)伊藤 弘高 |
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ということは書くという行為によってしか満たされない存在である我が居るということである。北辺の花もことしは早くひらいたであろう。そしてあっけなく散っていったのであろう。和歌山に生まれ育った作者は、鉱山学科のある秋田大学に学んでいる。大学院に進み、みちのく暮らしも長くなった。自分というもののありようをのべている一行。 |
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