藍生ロゴ 藍生4月 選評と鑑賞  黒田杏子


冬銀河濃し地下水に鐘の音
        
 (ニューヨーク)岩崎 宏介
 天上と地下と。一読寂かな、しかし心に沁みる音楽を聴いているような心地になる。
「先生ですか。岩崎です。宏介です。僕は無事ですから。たまたまフロリダでの研修でニューヨークを一週間離れていました。それでは失礼します」。自宅で原稿を書いていた私は、9月11日以来案じていたその人からの国際電話が切れてから、、却ってボンヤリとしてしまった。数学専攻、東大オーケストラのヴィオラ奏者として、朝日カルチャーセンターの「俳句入門講座」に現れた岩崎さんも千津夫人と二児を引き連れて、ニューヨークで働くビジネスマンとなっている。「すずめクラブ」の指導者がニューヨークで聴きとめた妙なる音である。時はめぐり流れる。



木枯や島唄をもて送る葬
(東京都)美濃部 治子
 どういう人の葬送かは分からない。しかし、故馬生師匠夫人である治子さんのお宅に招かれた遠い日の記憶がこの句からあざやかに甦った。「藍生」などもちろん創刊されてはいない。某新聞社の芸能担当記者が職場に私を訪ねて来られ、「馬生さんが宗匠をつとめられていた句会の指導をお頼みしたい」と。断り切れずに伺ったその座で私は、この作者に出合った。中尾彬さんや池波志乃さんにもお目にかかった。もう長い間お目にかかっていない。しかし、創刊号以来投句用紙に美濃部治子の筆跡を見ない月はない。その投句の 文字に接するだけで、私は長年励まされ続けてきた。



枯菊の色あるところ水の痕
(東京都)今西 美佐子
 普通の人は見ても詠まない。いや見れども見えず、なのかも知れない。自分自身と深く向き合うことの出来る人の句である。



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