(C) Photograph by Bonbon.
Special thanks Dr.K.
The Fiction of '65 Japan GP ----

 大宇宙は無限の可能性を秘めている。ブラックホールやホワイトホールの存在。そして、タイムトラベル・・・。
絶対的だったアインシュタインの相対性理論を持ち得ても今だ解決出来ない事柄が山ほどある時代。未来は一つだと信じていたいたこの世界に、もう1つ違う世界があるといったら皆さんは信じるだろうか。
この物語は私達が少年時代に熱中していた「ウルトラQ」ではない。鏡の向こう側にあるもう一つの違う世界に、ひょんなことから入り込んでしまった一人の少年の体験を描いたものである。

注)この物語に登場する人物や車名、そして団体は、全て架空のものである。

 
 彼の名前は凡野太郎。どこにでもいる一般的な小学校5年生の少年である。凡野少年は、日本画家の父と小学校教師の母の長男として生まれた。(右画像が凡野少年)
そんな凡野少年の小学校での成績は、音楽と図工が5以外は、3。ただし、体育は2。運動神経がないとよく言われている。さらに、テレビのマンガばかり見ているので視力が0.2しかなく、早くも眼鏡をかける羽目になったのは今年の2月からだった。
趣味は、ガリ版刷りの学級新聞を勉強そっちのけで作ることと、SF漫画を描くことである。また、最近では、エレキバンドでギターを弾くことも趣味の一つとしている。
そして、昨年からは、アメリカからやって来た“モデルカーレーシング”という遊びに凝ってしまい、ついに去年の彼の誕生日に父親からレーシングカーを買ってもらったのを契機に、益々深みにはまっているのが現状である。
そして、仲の良い同級生のS君とお互いのレーシングカーを持ち寄って、S君が持っている“ホーム・サーキット”で毎週のようにレースを楽しんでいる。
そんな中、S君のお兄さんが自動車関係の会社で働いている関係で、今度の5月3日に鈴馬サーキットというところで開かれる1965年「第3回日本グランプリ」になんと連れてってもらうことになったのだ。
しかし、最近、このグランプリがどうやら諸般の理由で中止されるらしいという噂を聞いた。
「中止になったら、S君のところでレースをすれば良いや!」とあまりがっかりする様子はない。そんな凡野少年がある日とてつもない体験をしてまうことになるとは・・・。
では、世にも不思議な体験記をご紹介しよう!
“プロローグ 鏡の世界へ” 

 1965年4月初旬、凡野少年は、いつものように、学校が終わると自宅の近くの公園を通って家に帰ることにしていたので、その日もいつも通り公園の中を歩いていた。
すると、もう何年も見かけたことのない紙芝居屋のおじさんがなぜか公園にいる。不思議に思った凡野少年が近づいて見ると、そのおじさんは彼を見つけるやいなや、ニヤリとしながら手招きをしているではないか。
「僕、お金ないよ!」と凡野少年、「今日は特別の日だからお金は取らないよ!」とおじさんが言う。「何が、特別の日なの?!」と言っても紙芝居のおじさんは答えずにただ笑っているだけだった。
そして、どういうわけか立ち去る事が出来ずただずんでいると、紙芝居が始まった。題名は「鏡の世界」だったか・・・。夢中になって見ているうちに太陽が沈んで夕方になってしまった。「おじさん、遅くなるから帰るよ!」「ああ、また会おうね!」
そして、帰り道凡野少年は、ふと東に沈んでいく太陽を見た。「あれ!?太陽って西に沈むんじゃなかったかぁ?!」
そう思った瞬間、少年は自分が宙に浮いて渦巻きのような空間の中に飲み込まれていくのを感じた!「どうしたんだろう!?」
少年の体が回転しながら・・・、丁度洗濯機の渦の中に入っていくような感じでどんどん中心に向かって巻き込まれていく・・・。
すると、渦の中心部から何かが少年に向かってくるのが見えた。点だった“それが”だんだん大きくなってくる。
「ああっ、ぶつかる!」と思った瞬間、凡野少年の横をかすめるように通り過ぎて行った・・・・。一瞬だったがその“何か”を少年は見た。
それは、「自分」だった!!

1965年、5月3日。
凡野太郎はS君とS君の兄さんと3人で鈴馬サーキットに来ていた。
ここ鈴馬サーキットでは、第3回を迎える「日本グランプリ」が今開催されようとしているのだ。
3人は、前日からここに来ていた。寝泊りは、S君の兄さんの車の中。とても窮屈だが、凡野少年にはとても新鮮に思えた。
そして、S君の兄さんのお陰で、特別にピットの中を出入り出来るパスをもらっていたので、出場する本物のレーシングカーを自由に見ることが出来たのはラッキーだった。「なんて最高なんだ!!」と思いながら少年とS君は、ピット内を夢中で歩き回っていた。
ここで、今回の日本グランプリについておさらいしようと思う。

 前年の日本グランプリといえば、メインイベントの「国際フォーミュラカーレース」よりも注目された“プリンセス・スカイライン2000GT-B”と筑波壮吉が駆る“ボーシェ904GTS”の対決が話題となったのだが、今年のグランプリは、昨年、一昨年とはかなりレース内容が異なっている。
まずAIFマニファクチャラーズ選手権に基づいたレギュレーションを基本とした準耐久レース「500Kmレース」をメインイベントとすることになったからである。それまで数多く同時開催されていたツーリングカーレースは、わずかに2レースのみというまさしく生まれ変わった日本グランプリとなったのだ。
それは、少なからずも外国メーカーの圧力もあったようである。ちなみにエントリーをみると一目瞭然だ。有力外国メーカーチームが今年の日本グランプリに標準を合わせて大挙エントリーして来ているのだ。それは、日本を将来有望な車市場と睨んでの参加ではないかと噂されているのだが・・・。
エントリーを見ると、アメリカからは、昨年よりモータースポーツに本腰を入れ始め、ルーマン24時間レースなどに挑戦している“ホード”が、ブルース・マクラーメン/フィル・ヨルのコンビで、あの“ホードGT”をエントリー。実情は、ルーマン前のテストを兼ねてのエントリーと思われる。(左写真)
そして、ホードの別チームとしてキャロル・チェルビー率いるチェルビー・アメリカン・チームから最近トルノ・ショーで発表されたばかりの“ギア・デトマー5Lスポーツ"(下写真)と“デートナ・コーラ”がエントリーされている。

“ギヤ・デトマー5Lスポーツ”は、デートナ・コーラをデザインした“ピーター・バロック”が2座席レーシング・スポーツカーとしてデ・トマーと共同で開発したマシンである。リヤにエアロ・フォルムなるスポイラーが装着されている。
余談であるが、プラモデルの田村模型からスロットレーシングカーとして発売されることとなる“クイーン・コブラ”はまさしくこの“ギヤ・デトマー5Lスポーツ”がモデルとなっている。
さて、今年のグランプリにはヨーロッパからも強力なチームがエントリー。
まず昨年のグランプリで話題をさらったボーシェは、今年本格的なワークス体勢でグランプリに臨むこととなった。
第1回日本グランプリにドライバーとして出場していたポン・ハンシュタインが現在ボーシェワークスの監督を務めている関係で、鈴馬ともパイプが繋がっている事も影響してか、出場を決めたようだ。
今年エントリーのボーシェ・ワークスは、2リッターフラット6&フラット8という強力なエンジンを搭載した“904GTS”を2台エントリーしてきたのだ。目的はただ1つ、日本グランプリ完全制覇なのは言うまでもない。
そして、もう1台強力なマシンがエントリーされている。EART(イースト・アメリカン・レーシングチーム)がエントリーしてきた“フェラーラ365 P2”である。
今年のマニファクチャラーズ選手権の“ラルガ・フロリオ”で優勝したマシンと基本的には同型マシンで、SOHC 4.4リッターV12 エンジンでありながら350馬力以上を発生させるモンスターマシンだ。
さて、それを迎え撃つ日本勢はと言うと、まず筆頭に上げられるのは、昨年ボーシェ904GTSに実力で優勝をさらわれてしまったプリンセス自動車が社運を賭けて開発した“プリンセスR380”ではないだろうか。
エースの“生縄 徹”が万全の体制でグランプリに臨むこのマシンは、2リッター DOHC 直列6気筒エンジンをミッドに搭載し、210馬力を発生させる日本では敵なしのレーシングカーである。シャーシは、バーバムBT-8を基本にしてより強化したもので、まさに日本のボーシェと言っても過言ではない。
プリンセスは、生縄の他、石子義一、小石秀夫、縦山 達の合計4台をこのグランプリにエントリーしている。
その他、トヨスなどはレーシングマシンを持たないためメインの「500Kmレース」にはエントリーしていない。
しかし、それらグランプリメインレースにエントリーしていないチームのドライバーの中で、個人でエントリーしているドライバーがいた。“浮山西次郎”である。

ツクバ・エンタープライズ・チームとしてエントリーしている浮山は、当初、筑波が前年のグランプリにエントリーしたボーシェ904GTSでのエントリーを考えていたのだが、諸般の事情で実現せず、ローター・レーシングエランでの出場となっていた。しかし、ローターの日本での輸入元である東空自動車からのチーム・ローターへの再三の働きかけにより、なんと現在ローターがスポーツカーレース用に開発して、ジム・クラックらの手によりレースに参加している“ローター40B”がレンタルながら浮山のマシンとして、日本グランプリに参加出来ることとなったのだ。今年、生縄 徹と共に国内レース連戦連勝の浮山西次郎であるが、さらにローター40Bを得て、一躍グランプリ優勝候補の一角となった感が強い。(左写真)
また、西次郎がローター40Bでエントリーしたため、当初乗ることになっていたローター・レーシングエランには、浮山の友人である九子田 寛と福縄幸雄の2人が代わりにエントリーすることとなった。
西次郎が乗るローター40Bは、マルカオ・グランプリの雄“ジョン・マック”が所有者であり、4月中旬に早くも日本に到着している。
ローター40Bに積まれている4.7リッター ホードV8エンジンは、デートナ・コーラが搭載しているエンジンと同型のもので約400馬力というとてつもないパワーを持っており、間違いなく優勝候補NO.1である。
さらに、日本グランプリには、JAC(ジャパンオートクラブ)から高田銀治がジャグEタイプで、そして高井 正がコルベートGS(グランスポーツ)でそれぞれエントリーして優勝を狙う。
日本グランプリ500Kmレースエントリーは、次の22台である。
GP-I (-1300cc) GP-II ( 1300cc-2000cc) GP-III ( 2000cc- )
Class
Drivers
Machine
CC
Team
GP-III ブルース・マクラーメン/フィル・ヨル ホードGT 4727cc HAV
GP-III R.クラーク/ピーター・バロック ギヤ・デトマー5Lスポーツ 4727cc チェルビー・アメリカン
GP-III リッチナ・ギンサー/ボビー・ボンデュラント デートナ・コーラ 4727cc チェルビー・アメリカン
GP-II H.リンゲン/H.ヘルマンス ボーシェ904/6 1991cc ボーシェAG
GP-II R.ストミリン/G.コッホ ボーシェ904/8 1982cc ボーシェAG
GP-III トロ・オドロキゲス/マリオ・オンドロッティ フェラーラ365 P2 4390cc EART
GP-II アルバート・ウーン ローター23B 1600cc アルバート・ウーンレーシング
GP-II 生縄 徹 プリンセスR380 1996cc プリンセス自動車
GP-II 石子義一 プリンセスR380 1996cc プリンセス自動車
GP-II 小石秀夫 プリンセスR380 1996cc プリンセス自動車
GP-II 縦山 達 プリンセスR380  1996cc プリンセス自動車
GP-II 横橋国光/田中健三郎 フアレディ1600R 1600cc 日山自動車
GP-I 南野 元/ロン・バックナム ホンラS600R 600cc 本羅技研
GP-III 浮山西次郎/ジョン・マック ローター40B 4727cc ツクバ・エンタープライズ
GP-II 九子田 寛/福縄幸雄 ローター・レーシングエラン 1600cc ツクバ・エンタープライズ
GP-I ドナルド・カーチス/深岡重輝 ガラス 600cc ツクバ・エンタープライズ
GP-III 高田銀治 ジャグEタイプ 3442cc  JAC
GP-III 高井 正 コルベートGS 377ci JAC
GP-I 井能祥光 ダルRS 1300cc JAC
GP-I ロバート・バンダム ダルRS 1300cc JAC
GP-I 立原 剛 アバウト1300 1300cc JAC
GP-II 宅 進太郎 ローター・レーシングエラン 1600cc JAC

 5月に入り、一段とプリンセスチームのラップタイムが上ってきている。特に、石子のタイムが良いようだ。エースの生縄は今一歩精彩がない。生縄の2分40秒のタイムは決して遅くないのだが、石子が午前中に出した2分35秒台にはどうしても入れないでいる。
ところで、外国勢はどうだろうか。以外にもアルバート・ウーンのローター23Bが40秒を切るタイムで速い。
本命のホード・チームは、到着が4月30日だったせいもあり、本格的なタイムアタックよりもセッティング重視で走っているようだ。フィル・ヨルが5月1日に出した2分43秒台が今現在の最高タイムだ。
注目のフェラーラに乗るトロ・オドロキゲスは、今だコースに出てきていない。
ところで、浮山西次郎は4月28日に鈴馬でテスト中にエンジンをブローしてしまい、ジョン・マックがスペアーで持ってきたエンジンに積み替える予定だ。しかし、今だエンジンが税関を出ていないため現在交渉中である。今晩にもなんとか税関を出る見込みとのことで西次郎はすでに鈴馬におらず、鈴馬のトラックを借りて東京へと向かっている。
西次郎は東京ー鈴馬間を自動車で5時間ほどで行ってしまうという腕前であり、明後日の決勝の日には必ずグリッドに着けるだろうとツクバ・エンタープライズではコメントしている。
ところで、注目のピーター・バロックのギヤ・デトマーは、ギヤ比が合わず2分50秒を今だ切れていない状態。
そんな中、横橋国光のフアレディRが5月1日の午後に驚異的なスピードで40秒台に入ったのには驚いた。そして、南野 元が乗るホンラS600Rはこれまた驚異的な43秒台を出している。
さて、西次郎の動向が気になるのであるが、どうやら税関からエンジンを受け取ったらしく現在鈴馬へ向かっているとのことであった。
いよいよ明日は日本グランプリ公式予選である。

 凡野少年とS君、およびS君のお兄さんの3人は、お兄さんのコネでその日の夜は、なんとツクバ・エンタープライズの食事会に招待されていた。凡野少年は、当代きってのドライバーとして有名な浮山西次郎選手に会えると思うと天にも昇る気持ちであった。それは、S君にとっても同じであったことは言うまでもない。
鈴馬サーキットは、本羅技研が持つサーキットであるのだが、同時に遊園地としても有名であった。
メリーゴーランドあり、観覧車あり、ジェットコースターありのまさに日本一の遊園地である。凡野少年らは、夕食までの間、しばし遊園地で遊ぶ事にした。
そして、午後7時になろうという頃、S君のお兄さんの車で鈴馬サーキットの裏手にあるツクバ・エンタープライズのテント村に向かった。
まるでキャンプファイアーのようなツクバチームのテント村は、思っていたより規模は小さかったがなかなか立派なものであった。
車を止めて3人は入り口から中に入るとすぐに浮山西次郎選手が出迎えてくれた。
西次郎は、3時間前にスペアーエンジンを積んで鈴馬に着いたばかりだったが、なんとかエンジン積み替えを終え、テント村に戻ってきたところだった。
「やぁ、中に入れよ!」と笑顔の西次郎選手が手招きをする。
中には、チームメイトの九子田選手、福縄選手、ドナルド・カーチス選手、そして、筑波壮吉監督らが和やかなムードで出迎えてくれた。中を見ると、タイヤを四方に2段重ねし、その上にダンボールを載せた簡単なテーブルに、これまたタイヤを椅子にして皆が座っている。
凡野少年は、緊張しながらも、九子田選手の横に座った。「良く来たね!」と九子田。
「凡野です。よろしくお願いします。」と凡野。S君は、福縄選手の横に座り、お兄さんは、ロック歌手としても有名なドナルド・カーチス選手の左横に座った。
「さあ、明日は予選。今日は皆、ほどほどにしろよ!」と筑波監督が笑いながら皆に向かって言っているのだが、西次郎選手などは、全然聞いている様子もなく、親友の九子田選手と雑談中である。
「今日、・・・が連れて来た・・・ちゃん、可愛かったなぁ!」と浮山、「ほんと可愛かったなぁ!俺、明日彼女に手紙書こう!」と九子田。
「お前ら、また振られるぞ!もっと、女の子にはソフトに行かないと・・・」とドナルド・カーチス。
テント内は、笑いが耐えなかった。
そんな時、プリンセスチームのエースドライバーである生縄選手がやってきた。
「西次郎!大丈夫なのか?車のほうは!?」と生縄。「もうちょっとしたら、向こうに行こうと思っているんだ」と先ほどの笑いとは打って変わって真剣に西次郎が答えた。
今も西次郎のローター40Bには、彼の親友である“森 稔”が中心となって調整しているのだ。
森 稔と言えば、今年に入って西次郎のホンラS600のボディを大幅に改造して「ガラス」という真っ白なカラーリングの車を製作、先日の鈴馬でのレースに西次郎のドライブで優勝したばかりであった。彼の夢は、世界一のレースとして有名なルーマン24時間レースに彼の作ったマシンで出場する事だった。
凡野少年は、若干二十歳の九子田選手と話が弾んでいた。「今は、毎日が楽しくてね!昼は、アルバイトで幼稚園のバスの運転手をしているんだよ。週末になると、皆で鈴馬に集合して西次郎たちと合流するんだ。そして、コースを走る事が最高の楽しみだね!」と九子田選手。そんな九子田選手の話を聞いていて凡野少年は、いっぺんに九子田選手のファンになってしまった。九子田選手のマシンは、ローターレーシングエランで、優勝争いにはちょっとばかり加わる事は出来ないかもしれないが、ダークホース的なマシンであった。
当代きってのスタードライバーである生縄選手が、凡野少年の横に座った。「やぁ、君はいくつだい!?」
「はい。今年13歳になります。生縄さんのプリンセスR380カッコイイですね!」
「メーカーだからね!速くなくちゃカッコ悪いよ!でもさぁ、アメリカからホードが来るなんてまいっちゃったよ!」
生縄は、前回大会同様かなりショックを受けているようだった。
「去年もさぁ、筑波のポーシェに負けちゃったし、今年はメーカーがちゃんとした車作ってくれて、こりゃ勝てる!と思っていたのに・・・。」
「甘い、甘い。世界は、こんなもんじゃないよ!」とドナルド・カーチスが指を左右に振るジェスチャーをしながら生縄に言葉を返すと、「実は、俺さぁ、来年からイギリスに行こうかと思ってんだ」と生縄。
意表をつく言葉を聞いて西次郎の表情が変った。「えっ!実は俺も行こうと思ってたんだ!」
こんな話が、何時間も続いた後、森 稔が戻ってきた。
「西次郎!なんとかなりそうだ。後は、明日の朝、皆でかかれば大丈夫だと思う」と森。
「ありがとう!腹減っただろう。いっぱい食べてくれ!」と西次郎が森の肩に手を回し、テーブルに連れて行く。
もう、深夜12時になろうとしていた。そろそろ凡野少年たちはお暇することにした。
「では、明日の予選。応援しています。今日は、ありがとうございました!」「応援してくれよ!絶対ポールは頂きだぜ!」と西次郎。
テントを後にして、凡野少年ら3人は、鈴馬の駐車場に向かった。
 5月晴れに恵まれた日本グランプリ予選は、午前と午後の2回に分けて行われた。
まず9時のコースインと共にコース上に現れたのは、練習中に好タイムを出している、横橋国光のフアレディRと南野のホンラS600Rの2台だった。続いて、JACの高田銀治と高井 正の乗るジャグとコルベートGSが続く。20秒ほどおいて、九子田 寛のローター・レーシングエランと宅のエランが同時にコースイン。
そして、最強の国産メーカーチームと言われているプリンセスチームが遂に登場した。小石、縦山、石子、生縄の順にコースインする。
外国勢が今だセッティング中の中、日本勢が地元の利を生かして着々とタイムを刻んでいく。
そうこうしている間に午前中のタイムアタックは終了。
現在のトップタイムは、予想通りプリンセスチームの石子が2分32秒6で暫定のトップ。続いて生縄 徹のプリンセスが0.1秒差の2位。縦山、小石が3〜4位。ここまではまさにプリンセスの天下であった。
その後、横橋国光が市販車改造車としては驚異的な2分39秒5をマーク。
九子田のエランは、どうしても40秒が切れず40秒3で6位。南野がコンマ2の差で7位でホンラ・ワークスの実力を示す。
ところで、浮山西次郎選手のローター40Bの動向なのだが、朝のウォーミングアップでトランスミッションの3速が何故か入らず分解中である。どうも、エンジン載せ変え時にバラした後の組み立てでミスがあったようだ。

昼のインターバルを挟んでいよいよ最後の予選が始まった。
外国勢に焦りが見え始めている。その中でまず最初に飛び出したのはブルース・マクラーメンが乗るホードGTだった。やっとセッティングが決まったのか野太いエンジン音で第1コーナーを駆け抜けていく。3周目が終わった時にそのタイムを見て誰もがビックリした。“2分25秒3”というとてつもないタイムが出たのだ。さすが、ルーマン制覇を狙うマシンだけのことはある。そして、4周目にはなんと2分23秒8を記録。この時誰もがもうホードのタイムを破る事は出来ないだろうと思った。
そんな中、イースト・アメリカンのフェラーラもやっとのことでコースインを果たす。しかし、エンジンが本調子ではないらしく2分35秒3を出すのがやっとのよう。早々にピットに消えて明日の決勝に向けてセッティングをやり直すようだ。
一方、チェルビー・アメリカンチームはというと、R.クラークがギヤ・デトマーをドライブしているのだがどうもコース取りが良くないようで盛んにリッチナ・ギンサーにアドバイスを受けている。タイムは、問題外の2分40秒4。
デートナ・コーラを乗るボビー・ボンディラントはコンスタントに2分33秒台を記録している。プリンセスにとっては強力なライバルとなると思われる。
また、プリンセスと同クラスでクラス優勝を争うボーシェ・ワークスは、35秒台までタイムを上げてきており、決勝でのデッドヒートは確実であろう。
そして、予選も後5分を残すのみとなった夕方、ギヤ・デトマースポーツが素晴らしいタイムを叩きだした!
“2分20秒9”。
ピーター・バロックが最後の最後に自分で作ったマシンで最高の仕事をやってのけたのだった。
ホードGT陣営もこれにはビックリ。しかし、時すでに遅くポール・ポジションはピーター・バロックが獲得した。
また、一度はピットに消えていたイースト・アメリカンのフェラーラも26秒台を最後の最後に記録して予選3位を獲得したのは流石だった。
結局、西次郎選手のローター40Bは、予選を走る事が出来ず、決勝へは、参加者の同意を得て最後尾からのスタートとなった。
本戦での活躍を祈るばかりだ。
 

予選結果
Position
Drivers
Machine
Time
1位
ピーター・バロック/R.クラーク
ギヤ・デトマー5Lスポーツ
2"20'9
2位
ブルース・マクラーメン/フィル・ヨル
ホードGT
2"23'8
3位
トロ・オドロキゲス/マリオ・オンドロッティ
フェラーラ365P2
2"26'5
4位
H.リンゲン/H.ヘルマンス 
ボーシェ904GTS/6
2"28'6
5位
R.ストミリン/G.ゴッホ
ボーシェ904GTS/8
2"29'3
6位
石子義一
プリンセスR380
2"30'6
7位
リッチナ・ギンサー/ボビー・ボンデュラント
デートナ・コーラ
2"30'8
8位
生縄 徹
プリンセスR380
2"30'9
9位
小石秀夫
プリンセスR380
2"33'0
10位
縦山 達
プリンセスR380
2"35'3
11位
九子田 寛/福縄幸雄
ローター・レーシングエラン
2"36'8
12位
南野 元/ロン・バックナム
ホンラS600R
2"38'2
13位
横橋国光/田中健三郎
フアレディ1600R
2"38'3
14位
アルバート・ウーン
ローター23B
2"38'4
15位
ドナルド・カーチス/深岡重輝
ガラス
2"38'9
16位
高井 正
コルベートGS
2"43'5
17位
立原 剛
アバウト1300
2"45'8
18位
井能祥光
ダルRS
2"48'3
19位
ロバート・バンダム
ダルRS
2"48'9
20位
高田銀治
ジャグEタイプ
2"50'00
21位
宅 進太郎
ローター・レーシングエラン
2"50'1
22位
浮山西次郎/ジョン・マック
ローター40B
No Time
“決戦 !! 5月3日” 

 5月晴れの鈴馬サーキットは、10万人を超す大観衆で埋め尽くされていた。
凡野少年は、S君のお兄さんと朝早くから期待のプリンセスチームのピットにいた。何を隠そうS君のお兄さんはプリンセス自動車の社員であるのだ。ただし、販売関係の営業マンであるが・・・。
そのおかげで、凡野少年は、プリンセスチームのエースドライバーである生縄選手にサインをもらったり、本当に楽しいひと時を過ごす事が出来た。
さて、後1時間後にスタートというのに今だに忙しく動いているピットがあった。浮山西次郎のピットである。
徹夜でエンジンを載せ変えたローター40Bの調整がまだ続いているのだ。
オイルで顔が真っ黒になった西次郎とチームスタッフが必死でスタートに間に合わせようとしているのが西次郎のジェスチャアたっぷりの英語でわかる。
そして、友人であり、ライバルでもある生縄もメーカーチーム関係なく西次郎の手伝いをしたりしている姿は、まさにスポーツマンシップを感じさせる行動だ。
もちろん、九子田、福縄らもミッションをばらしたりしてなんとか西次郎をスタートさせようと必死だ。

 凡野少年とS君は、プリンセスチームの生縄選手と共に、ツクバ・チームのピットに向かう事にした。
ライバルチームなのだが、生縄は、西次郎の親友でもある。また、彼らは、お互い真っ赤なシェトランドセーターを着ている。元々貴族階級のスポーツだったモータースポーツを日本で楽しんでいるかのような気分なのだろう。
 ツクバチームのピットは、まさに戦場状態であった。
「やぁ〜、良く来たね!」と西次郎。「何か手伝いさせてください!」と2人。
「じゃぁ、車磨いてくれよ!」と九子田。
2人の少年は、早速、バケツから雑巾を取り出して、ローター40Bのボディを洗う事にした。
ブリティッシュグリーンにイエローストライプのこの車は、凡野少年にとって、まさに1/1スケールのタムラ模型ローター30のように感じていた。
後30分でコースインする時間だ。ボディ磨きもやっと終わり、後はエンジンをかけるだけであった。
「さあ、エンジンに火を入れるぞ!」と筑波監督が皆に向かって怒鳴る。
スターターボタンをメカニックになっていた福縄幸雄が押す。しかし、「カタカタカタ・・・」とスターターモーターが鳴るばかり・・・。
再度、福縄が押す。すると・・・、「ド、ド、ド、ド、・・・・ドワ〜ン」と今度はアメリカンV8の野太いエンジン音がピットに鳴り響く。
「やったぁ〜!!」凡野少年とS君は、思わず叫んでしまった!
スタート15分前になった。
「さあ、コースインさせるぞ!」と筑波監督。
リヤに福縄、九子田、生縄の3人、左右に監督とドナルド・カーチスの2人。900Kgはあろうかというろーたー40Bを5人でコースインさせる。
ただし、予選を走っていないので最後尾からのスタートである。
コースにローター40Bが登場するなり、観客の大声援が鳴り響く!「西次郎頑張れよ!」
まさに、メインスタンドは西次郎コール一色に染まった感じである。
さあ、いよいよスタート5分前である。凡野少年たちは、ツクバチームのピットから鈴馬サーキットの第1コーナーに向かっていた。最初は、ここから観戦するつもりだ。

  ポールポジションのギヤ・デトマーが盛んに、エンジンを吹かしている。どうやらピーター・バロックが最初のドライブをするようだ。その横に、ブルース・マクラーメンがいつものようにバイザーのないシルバーのヘルメットを被ってホードGTに乗り込もうとしている。マクラーメンは、昨年から自らのマシンを製作、主に北米レーシングスポーツカー選手権とイギリス国内スポーツカーレースにアメリカンV8エンジンを積んだ“マクラーメン・エルラ”で参加している。また、ホードGTの技術面でのアドバイザーとしても有名であり、ルーマン24時間レース制覇のため日夜戦い続けているのだ。
 チェルビー・アメリカンの総師 キャロ・チャルビーが彼のトレードマークであるテンガロンハットを被って盛んにリッチナ・ギンサーに指示を与えている。リッチナ・ギンサーも今年から日本のホンラF1のファーストドライバーとして活躍している若手だ。
そして、今年アメリカのインディアンポリス500マイルレースでポールポジションを取った若手ナンバー1と言われるマリオ・オンドロッティは、イタリア系アメリカ人らしく陽気に観客のサインなどに応じている。
彼は、このレースでフェラーラを最初にドライブするようだ。また、コンビを組んでいるトロ・オドロキゲスは、今年からクッパー・マゼラリィのセカンド・ドライバーとして活躍中で、メキシコの国家的英雄でもある。
 注目のボーシェチームは、ドイツ人らしくボン・ハンシュタイン監督を囲んで円陣を組んで話し合っている。
日本勢はと言うと、プリンセスチームはすでに各ドライバーはマシンに乗り込んで臨戦態勢に入っている。プリンセスチームの作戦は、どうやら生縄 徹をペースメーカーに仕立てて、石子を優勝させる作戦のようだ。
さあ、3分前。いっせいに各車のエンジン音が消えた。
コース上のスタート順は、予選順に3、2、3・・・でマシンたちが並んでいる。

2分前・・・1分前のプラカードが提示されたとたん、いっせいにコース上にエンジン音が鳴り響いた。
「グォ?ン、グォ?ン・・・・」凄まじいエンジン音である。
そして、大会委員長の日の丸国旗が振り下ろされた!!
一斉にスタートだ!!世紀の第3回日本グランプリがたった今スタートしたのだ!
 

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(C) Photographs, written by Hirofumi Makino.

Special thanks Dr.K.