江口久雄連載コラム

                    メコン・仙人たより 

                                    

筆者紹介      

 

 江口 久雄

  (えぐち・ひさお)

  1948年生まれ

  在タイ15年

 著書

  「タイで暮らす」共著

  (中央経済社、1998年)   他

        

      第2話  「生きているヒョウタン」

 

「志賀直哉の文学を読むと、ああ、われわれはこういう手ごたえを忘れていた、と思わされる美と健全の手ごたえを思い知らされる。」と、文芸評論家の本多秋五は語っています。志賀の短編に『清兵衛と瓢箪』がありますが、このタイトルはきわめて日本的であるとともに、もっと深いアジア的な故郷の匂いがぷんぷん感じられませんか。

ヒョウタンは、たとえば一村一品運動が大分県でさかんだったころ、同県のヒョウタンが日本の10%を占めたことがあったように、日本では今なお民芸容器として珍重されています。そして中国南部の山あいに住む少数民族の間ではヒョウタンが日常生活に使われており、たとえば雲南に住む人口83,000人のプーラン族は、子供の背丈ほどの大きなヒョウタンを水甕に使い、また人口12万人のジンポー族には、日本の打ち出の小槌そっくりの「金のヒョウタン」の民話がのこされています。たとえばの話、プーラン族の作家が「アリヤと瓢箪」、ジンポー族の作家が「クンボと瓢箪」というタイトルで、短編を書いたとしても少しも不思議ではありません。

ヒョウタンは照葉樹林文化圏を代表する要素で、この文化圏に住むさまざまな民族は、古来、どうもヒョウタンの持つ「美と健全の手ごたえ」に愛着を抱いてきたように思われます。タイでもしぶく黒光りするヒョウタンを街の骨董屋やガラクタ市場で見かけますが、インドのアッサム州には中国から移住してきた人口2,000人のタイ系のファーケー族が住んでいます。彼らは首の長い青銅の水差しをタイ語で「ナームターオ」すなわちヒョウタンと呼んでいます。中国にいたころヒョウタンを使っていた彼らが、インドに降りてきたからは青銅の水差しを使うようになり、一種の生活革命が起こりました。しかし、容器を指す言葉は、昔ながらの「ヒョウタン」がそのままのこったものです。おもしろいですね。

ところで、ビルマ人の間にも、これにそっくりな現象が起こったのです。ビルマ語ではヒョウタンを「ブー」と言いますが、この言葉はまたビンやカンの類をひろく指しています。つまり、ながらくヒョウタンを使っていたビルマ人の間に、近代になってビンやカンが登場して生活革命が進むなか、昔ながらのヒョウタンという言葉はしぶとくビンやカンにもとりついて、生き残ったものといえましょう。

ビルマ人は、もともとチベット人と中国人の間の地域で羊を放牧していた民族です。それが、インドシナに南下してくる途中で照葉樹林文化圏を通過し、そのおりにヒョウタンに出会い、現地語とともに受容したものでしょう。ビルマ語のブーには二つの語源が考えられます。ひとつは広東の潮州語の「プー」で、広東地方の中国語の方言は古い唐の時代の音をのこすといわれています。もうひとつはベトナム語の「べウ」、中国南部は古代よりベトナム人と同系の百越と呼ばれる民族のホームランドでした。

日本語のヒョウタンも旧仮名では「へうたん」とつづり、普段は「へう」と呼ばれていました。古代日本では清音は濁音で発音されたことから「へう」は「べう」となり、はからずもベトナム語に近くなります。ビルマ語の「ブー」とベトナム語の「べウ」と日本語の「へう」が結びつくとしたら、おもしろいことになりそうですね。

日本に容器としてのヒョウタンをもたらしたのは、海人族ではなかったかと思います。新羅の国の建国神話には、ヒョウタンを腰にゆわえて海を渡ってきたホゴンという倭人が、大臣となって始祖王バルコヌイ(赫居世)を助けたというはなしがあります。また『日本書紀』には、吉備の国の大蛇を退治に出かけた勇者が、ヒョウタンを水に浮かべて「これを沈めたら自分は引き下がろう、しかし沈めなかったらお前を斬ろう。」と言って、ヒョウタンを沈めえなかった大蛇を斬ってしまうはなしがあります。海人族は救命ブイとしてのヒョウタンの浮力をよく知っていたようですね。

海人族はヒョウタンを浮きとして使っていた人たちで、どうも新羅や『魏志倭人伝』の魏の側の人々が文書に書きつけた「倭人」とは、倭国に住んでいたいろいろ変わった人たちのうちでも、とくに「海人」を指していたように思われます。韓国語のパカチ、日本語のヒサゴは、ともにヒョウタンを指す言葉ですが、これらももとは海人族の言葉だったのではないでしょうか。 

                

 

 江口久雄 著

 「バンコク 白想の日々」

  1997年11月発行

   全230ページ

   108編の随想集

 

序文

目次

あとがき

 

 

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