「メコンに眠れ」
著者:胡桃沢耕史
廣済堂文庫、1989年初版
(1981年に光風社出版より刊行された
『旅人よ』を改題 したもの)
「翔んでる警視」「ときめきギャル探偵」シリーズなどでも知られる胡桃沢氏によるラオス・タイを舞台とした痛快冒険小説である。
胡桃沢氏の作品だけあって、まず主人公の設定がユニークだ。海外を舞台とする冒険小説といっても、主人公の加納清吉郎は、語学は全く出来ず、武術に秀でてもおらず、女性にももてるわけではない。65歳の昔気質で律儀な江戸っ子で、江東区で畳職人をやっている。
兵隊にとられた時以外は、箱根より先には化け物が居るとしてどこへもいったことがないそんな彼が、町の商店街の旦那衆を対象とした地元信用組合主催のタイへの団体旅行に参加した。
ひょんなことから、あるラオス人女性の早とちりで、ラオス内戦の政治抗争に巻き込まれる。このラオス人女性は、仏印駐留部隊の日本人敗残兵を父に持ち、母はメコン河沿岸の街を船で公演してまわる演芸船のラオス人女団長という素性の持ち主だ。
ラオス内戦の政治抗争に巻き込まれた主人公は、バンコクからノンカイヘ、さらにメコン河を泳いでラオスに入国する羽目になる。
時のラオスは、内戦終結直前の1975年11月末、最後のあがきで中立派が左派解放戦線に対抗し、巻き返しを図ろうとしていた。そんな混乱の中をなんとかメコン河を下り、サバナケット、パクセを経てタイ領ウボンに逃げ込んだ。
しかし、話はここで終わらず、4年後、再度ラオスに入って展開される話しがパート2として用意されている。ラオスの王制廃止・人民民主共和国誕生直前の雰囲気だけでなく、その前後多く発生したタイへのラオス難民の様子が、ノンカイの難民キャンプの描写を通じて伺い知ることができる。
また、この主人公は、オランダ、ポルトガルと並べて、ラオスを世界3大不美人国の一つと呼ぶなど、口の悪い江戸っ子ではあるが、ラオスの伝統芸能人に対し、芸への姿勢も含め「てえした芸人だ。」と、深川の太鼓の師匠でもあるおやっさんは素直に驚嘆している。著者のラオスやラオス人への暖かい理解が感じられるところだ。
芸については、ラオスの小さな田舎町の寺で熱狂する素朴な村人や、タイ国内キャンプ内の小さな広場でのラオス難民を前にしたラオス演芸船の一座の姿を見て、「人間国宝、無形文化財、紫綬褒章。笑わせやがる。食いすぎでごろごとと肥りやがって芋虫みてえに舞台をのたくり歩く以外能のねえ奴が、開演中に弁当をガサコソ開く田舎っぺ相手に、高え金をとりやがって、気持のこもらねえ芸を披露している。この様子を一目みせてやりてえ」と主人公の加納のおやっさんに語らせている。
この加納のおやっさんとラオス人女性との威勢の良いやり取りも実に軽妙なテンポで交わされ、楽しく軽快に読み進んでいけるが、ラストのメコン河でのシーンのせいか、読後は妙に切ないセンチメンタルな気分にさせられる作品だ。
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