見 栄 を は る

                        

                                             高樹 のぶ子

十代の若者を見ていると、素直だなあ、と感心する。小説の世界でも、十代の新人が話題を呼び、その作品を読む機会も増え、あらためて素直で正直な若者像に触れることになる。

知ったかぶりや背伸びが感じられない。知らないことは知らない。読んでいないものは読んでいない、と言う。問いかけても、さあ判りません、とこれまた正直なこと。

いつから、どうして、こんなに日本の若者は、身構えなくなったのだろう。それでいて、正直さが謙虚さと結びつかない。あえて言えば素直で不遜なのだ。他者など目にも入らないぐらい、自分の快不快に従順ということらしい。

本を読むことも体を鍛えることも、良い大学に入ることも希望の職業に就くことも、考えてみると、どこかで自分に無理を強いなくては実現しない。

努力もせず、ガンバル必要もなく、そのようなものが手に入るのはごくわずかな恵まれた人間だけで、ほとんどの人間は、嫌々ながらのチャレンジが必要になってくる。

その嫌々ながらのチャレンジやガンバリは、どこから出て来るのだろう。

友人の作家ははっきりと言った。

「見栄です。見栄をはらなくっちゃ、人間は成長しないんです」

なるほどそうか。最近の十代に欠けているのは見栄か、と納得した。

「……だから私は、若い人にもっと見栄をはれと言ってるんです。読んでない本が話題になったときは、読んだふヽりヽをする。そして皆と別れて、そそくさと本屋に行き、その本を買う。見栄をはったことがバレないように、大慌てで読む。そんな機会がなくては、本なんて読まなくても済んでしまうものなんです。……その本、読んでません。そう正直に白状すれば、その時点でその本との縁は切れてしまいます。ましてや、読んでいないことを恥と思わなければ、そのままになってしまうでしょう」

 

たかぎ・のぶこ

1946年山口防府市生まれ。作家。1983年「光抱く友よ」で第90回芥川賞を受賞。1994年「蔦燃」で島清恋愛文学賞。1995年「水脈」で女流文学賞受賞。1999年「透光の樹」で谷崎潤一郎賞受賞。2001年より芥川賞選考委員。著書に「百年の預言」「揺れる髪」「波光きらめく果て」「花嵐の森ふかく」など多数。

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