藍生ロゴ 藍生5月 選評と鑑賞  黒田杏子


眼の前にきて綿虫となりにけり

(東京都)深津 健司
 言い得て妙。綿虫といういきもののはかなげな生態がリアルにとらえられています。ハッとおどろいた。その瞬間、句になる。と思って、あれこれ詠んでみた深津健司さんの俳人だましい。こういう句、綿虫の…はこれまで無かったと思います。句帳に記されたおびただしい句の数。この句のかたちに決めて、投じられた作者の表情が眼に浮かびます。



ふくよかな頃の遺影と春を待つ

(東京都)遠藤由樹子
 「藍生」に参加して、あらたなスタートを切りたい。とのお手紙は頂いておりましたが、びっくりしました。遠藤さんは故鍵和田子さんの結社の有力同人でいらした方。角川俳句賞も受賞しておられ、この方の句集『寝息と梟』を私は本年度の星野立子賞の最終候補作品三作の内の一つに推しました。お目にかかった事はありません。ただ、現代俳句協会青年部主催の「黒田杏子に聴く『証言・昭和の俳句』の世界」のユーチューブは視聴され、〈感動しました〉とのお手紙は頂いて居りました。三千五百回を越える視聴者(回数)は前代未聞とのこと。国内外の方々から、感想を記したお手紙を頂いたことは事実です。この句、誰にでも分りますね。遺影の句は無数に詠まれていますが、私は母上様のふくよかな頃のお写真を飾って、春を待つ。という実に心豊かな作品に打たれました。遠藤さんが、こののち大きな飛躍をとげられる場に私共の「藍生」が役立つ事を期待致します。遠藤さんのご参加を歓迎致します。



豆を打つゲリラ豪雨の如く打つ

(東京都)マルティーナ・ディエゴ
 豆撒きの句として異色ですね。先日、ディエゴさんから親書を頂きました。鳩居堂の便箋と封筒に見事な日本文字。「―― いつもディエゴの事をご心配頂いております黒田先生にいちばんにご報告です。この四月から、私は東京大学と相模女子大学の非常勤講師として、イタリア語の講座を持つ事が決まりました。ともかく、来日の目的は三島由紀夫論を仕上げたい。という事。定職を得て、いよいよ初志貫徹。今後も俳句は続けますので、ご指導をよろしくお願いします。」と。ディエゴさん、三十五歳。いずれ、日本永住権を取得される日も近いようです。


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