藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


濃きすみれのひかり祈れる足許に

(愛知県)近藤 愛

 作者は祈っていたのです。その自分の足許に紫色の濃いすみれが咲いていて、その花の発するひかりに気付いてハッとしたのです。すみれは小さな花です。誰にでも愛される花ですが、その小さな花のひかりに感動し、このように句を詠んだ人を私は知りません。桜・椿・たんぽぽ、それぞれに光を放っています。すみれの花のひかりに眼をとめた作者に感動しました。愛さんはいま四十七歳。中学生のときからこの人の官製はがきに鉛筆書きの投句を私は選句してきました。私はこの作者のこの作品に出合えたこと、「藍生」三十周年の八月号の巻頭に推し、選評を書いていることに感動しています。巧みな句ではありませんが、作者の誠実かつ控え目な人柄と鋭敏な感性に敬意を表します。



陽炎にしづまりかへる都心かな

(兵庫県)中岡 毅雄
 いかにも中岡毅雄作品。陽炎・都心の言葉の間にしづまりかへるの七音字が絶妙に配されています。今月の投句にあふれていた言葉は「コロナ禍の」という五音字でした。兵庫県三木市にお住まいの作者中岡さんのこの一行はこののち時間が経つほどに存在感を増すことと考えます。みなさんもしっかりとこの句に学んで頂きたいと思います。



八重桜厚く散り敷く静かな日

(山形県)佐治よし子
 静かな日。がことしの春を言い当てています。八重桜ですから厚く散り敷くという言葉にはどなたも共感されるでしょう。ともかくこの句のすばらしさは座五の静かな日です。さきの中岡さんの句と同様にこの一行も二〇二〇年の春を深くたしかに言いとめています。佐治さんの眼と心の効いた作品として推します。


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