藍生ロゴ 藍生7月 選評と鑑賞  黒田杏子


芝青みゆく花びらを走らせて

(神奈川県)高田 正子

 花、桜の句は無数に詠まれています。この句、どこにもむつかしい表現はありません。写実の句ですが、平板な報告句ではありません。芝生がある。その芝はようやく枯芝の刻を経て、日に日にみどりを増してくる。そのみずみずしい芝生を桜の花びらが走る。その場に居合わせた者だけが見ることの出来た光景。風が熄めば、芝生に散った花びらがあるだけ。芝青みゆく。花びらを走らせて。その場に居て、その光景を眼にしても、一行に結晶させることはむつかしい。派手な句ではありませんが、見飽きることのない光景を一行十七音字の世界に結晶させた作品として推します。



避難九年句を友に長閑なりしか

(福島県)三瓶 美月
 福島県の桜の名所「夜の森の桜」の近くに生まれ暮らして居られた三瓶さんは、現在七十八歳。会津若松に避難していた折に、岡田良子さん達と出会い、「藍生」に参加。現在はいわき市の県営住宅団地に居られます。六十代の終りからこの人の生活は原発事故により一変。「句を友に長閑なりしか」、いやそんなことはありませんと。過日電話でいろいろと伺いましたが、聴くほどに、私たちが考えるべきことが無限にあると思いました。



錯乱の国に雪ふる四月かな

(北海道)五十嵐秀彦
 錯乱を辞書で引くと、「思考・感情などが入りまじって、頭が混乱すること」とあります。現在は六月のはじめ。四月の頃とは状況が変化していますが、二〇二〇年四月のこの国のありようを記録した句として残る作品となっていると思います。


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