藍生ロゴ 藍生5月 選評と鑑賞  黒田杏子


学生に語る阪神震災忌

(兵庫県)藤田 翔青

 選句作業中に、涙ぐむ事が無いとは言えない。翔青さんのこの一行を眼にしたとき、作者と私の上に流れ去った歳月を想い、当時大学浪人生であった人が、大学に研究室を持ち、車椅子の教師となって、学生たちに当時のことを語り聞かせておられる。その光景が涙の奥に拡がってきて、しばし瞑目した。阪神震災忌の句は無数に詠まれ、歴史に残る名吟もいくつも私の胸の内に生きている。巧いか否かではない。この句はあの日以来、句縁を得て、共に句の道に打ち込んできた私達共同の戦利品とも言うべき一行である。



妖艶な刺青それは風邪患者

(長崎県)渡部誠一郎
 作者は長崎在住の開業医。風邪にかかったとして医院を訪れた患者の肌に刺青が。その刺青が妖艶なものであったと、ドクター渡部は宮中の歌会始にも作品が選ばれ、参上しておられる。舞台が長崎であることも印象深い。渡部さんならではの作品。



治部煮食ふ吾に注文来治部煮椀

(石川県)小森 邦衞
 この句も作者以外詠めない。あらためて記すまでもない。小森さんは人間国宝の漆芸家。加賀の名物料理。金沢の郷土料理の治部煮はとろみをつけた鴨肉の煮物。夫人の手になる極上のその一椀に舌鼓を打っていたそのとき、「治部煮椀」の注文が入った。愉快な句。


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