藍生ロゴ 藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


明暗の途中に眠る漱石忌

(東京都)マルティーナ・ディエゴ

 見事な句だと思う。ディエゴさんの句と知ればいよいよすばらしい。忌日は十二月九日。この句の凄さは、イタリア人である三十三歳の作者が見事な日本語の筆蹟で、「藍生集」に投ぜられた五句の内の一句であること。私はこの句を巻頭に頂いた晩、ディエゴさんに電話をかけた。「漱石忌の句、やりましたね。すばらしい句になっています。感動しましたよ」「ありがとうございます。私もあの句はイケタかなと思って…。実は漱石忌の句を三句ほど作ったのですが、どうもこの句がいちばん自然で、自分らしい。そう思って一句だけにしたのです。嬉しいです。先生、ありがとうございます。又頑張ります」。谷川俊太郎の短詩集につづいて、ディエゴさんは「夏目漱石の俳句」をイタリア語に訳し、ローマの出版社からその本が出て、好評とのこと。言うまでもなく『明暗』は漱石晩年の名作。漱石の俳句の翻訳にあたって、その小説もいろいろと読んだり、調べられたに違いない。最後にディエゴさんは言われた。「句集その他事務所に伺って、必要なものはすべてお借りしてきました。黒田先生の俳句、本年中に本に出来るんじゃないかと考えています」「急がないでいいですよ」「分っています。先生、今日はお電話ありがとうございました。ともかく俳句は面白いです。句会は最高です。これから集中的に俳句を作ってみようと思っています」



ふとん干す戦争放棄せし空へ

(東京都)石田 六甲
 六甲さん八十二歳。終戦を迎えたとき、小学二年生だった筈。さりげなく詠み上げられているが、作者のこころが出ている。作者の知性が一句をやわらかく貫いている。



冬紅葉特典多き高齢者

(東京都)牛嶋 毅
 マルティーナ・ディエゴさんを「藍生」にひっぱってきたのはこの人。今更言うまでもなく、日本も高齢者ばかり。特典多き高齢者といわれて、納得する。これは牛嶋親分の現状分析であり、ご託宣である。


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