藍生ロゴ 藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


出向を解かれ向日葵見てゐたる

(兵庫県)滝川 直広

 勤め人として、別の会社などにしばらく身を置くこと。出向社員という言葉もあります。朝日新聞大阪本社に長らくお勤めであった滝川さん。働き盛りの男性の句。私は〈出向を解かれ〉という表現、その言葉にハッとしました。解かれて、元の勤めの場に戻られるのかどうか、そのあたりのことはさておき、これはサラリーマン俳句として残る作品だと思ったのです。解かれ、この三音に何とも言えない哀歓がにじんでいます。ご自分としてはサラリと詠んでおられるのでしょうが、現代を映し出している一行。ことしの猛暑の中で、まばゆい向日葵の黄に眼をとめている。私自身も長年にわたり、会社員、勤め人でした。しかし現在の状況に比べれば、夢のようにのどかな時代。正規非正規を問わず、身の安全の保証の無い現在、今を生きるビジネスマンの句を滝川さんは提示されました。



お煮しめの夜ごとに旨し魂祭

(北海道)高橋 千草
 一転して千草さんのこの一行。何とゆたかな日々。一晩ごとにそのお煮しめの味わいが増してくると。お煮しめ。旨し。魂祭。三つの言葉の組合せが私達にもたらしてくれる至福の時間。山のもの、海のもの。昆布・貝柱その他の出し汁の香り。椎茸も鰹も惜しみなく働いて…。うっとりとしてきますね。



行乞の頭上群れゆく赤とんぼ

(京都府)清水 憲一
 いかにも京都。墨染の衣の男性。その頭上に赤とんぼの群。出向社員が居て、行乞の僧形の人が居て…。現代日本の現実の一句。


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