藍生ロゴ 藍生9月 選評と鑑賞  黒田杏子


夏空の下に祖国はありました

(ソウル)金 利惠

 利惠さんにとって祖国は二つあるのではないでしょうか。中央大学を卒業し、物書きをめざして青地晨氏の「ジャーナリスト専門学校」で学ぶ。(ここで中野利子さんとクラスメート)ライターとして活動をはじめた頃に、ルーツを訪ねて、友人とソウルに行く。そこで中上健次氏の引き合わせにより、韓国伝統芸能の若き旗手であった夫君と結婚。二児を育てつつ、韓国伝統舞踊の道を極め、今日に至っている人。エッセイストとして、詩人としても著作を持つ国際的なアーティスト。



夏つばめ九十余年余生なし

(新潟県)斉藤 凡太
 凡太さんは黒田の一まわり上の寅歳。七十二歳から句作スタート。九十四歳にしてこの一行を投じてこられました。私は近ごろ、兜太先生の書かれた一茶本をよく読むのですが、一茶の句と凡太句の共通性にびっくりする事がたびたびあります。凡太さんは歳時記に載っているような一茶の作品は眼にされているでしょうが、それ以上に一茶の句を勉強しているとは思えません。ともかく、私は凡太さんのこの句に驚きと感銘を受け、この人の二十年間の精進のその稔りに合掌しました。



七十三歳しみじみ両手見る端居

(石川県)小森 邦衞
 端居して自分の両手をあらためてよく見つめている作者。七十歳を機に「句集をまとめたい」と発心された小森さん。すばらしい一巻となり、俳壇内外から大きな支持と賞賛を受けられたことは記憶にあたらしい。そしていま七十三歳。漆芸家小森邦衞にとって、両手、その十指ほど大切なものはない。何のてらいもなく詠み上げられた一行の存在感。


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