藍生ロゴ 藍生9月 選評と鑑賞  黒田杏子


短夜の月が遊びに来てをりぬ

(栃木県)半田 真理

ユニークな句である。むつかしいところはどこにもないけれど、常識的な句ではない。作者は夜ふかしが得意なのであろう。涼しい月の光が部屋にさしこんできたのか、夏の月が作者の窓辺に寂かに照り渡っていたのか。月が遊びに来てをりぬ。このお友だち感覚がこの一行の魅力であり、作者のキャラクターをよく表している。肩に力が入っていないところがいいのだと思う。俳句が好きで交際が好きな人に訪れた充足の時間。




一言も語ること無き子供の日

(京都府)中村 昭子
母の日であれば、昭子さんはにぎやかに祝われる。ご子息もそのお子達も大きくなってしまったのだから、子供の日には訪ねてくることもない。お嬢さんも天国に発ってしまった。今日一日、言葉というものを全く発しなかった。完全に黙ったまま五月五日が暮れたのである。こういう句を詠む昭子さんはやはり凄い。投句されたことに敬意を表する。



白南風や旅する神をうらやまず

(東京都)安達 潔
タクシードライバーにしてエッセイストの安達さん。休日を使ってどこかに出かけることは出来ても、ゆっくり旅をする条件には恵まれない。こんな一行を書きつけて愉しんでいるのである。しかし、ごく平凡な生活をしている人たちに比べれば、安達さんの職業こそ首都東京を巡りやまぬまたとない旅人の時間を生きているのだとも言える。


8月へ
10月へ
戻る戻る