藍生ロゴ 藍生2月 選評と鑑賞  黒田杏子


天高きまま満月の空となる

(神奈川県)岩田 由美

 こういう季節のこういう日のこういう月を私達もみな仰いだことがある筈である。しかし句に詠むことはなかった。由美さんの物の見方、感じとり方がよく出ている一行だと思う。どこにも力みがなく、無理がなく、そして事実の本質をしっかりと把握している。由美さんはまだお若いので、私とは別の人生観をお持ちとおもう。私のように七十代に入ると、日の光、月の光が即ち日の恵み、月の恵みと感じられて、この句のような光景に遭遇したら、月に手を合わせ、天に感謝を捧げたくなる。おおらかで豊かな一行と思う。



蛇穴に入るさはさはと山の音

(東京都)安達 潔
 蛇が穴に入る。そんな場面にまだ出合っていない人はこの句に共鳴しないのではないか。ともかく、蛇は冬眠のためにあの長い全身を土中に埋めてゆくのである。私は子供の頃からその光景を見てきたが、大人になってからも何度も体験している。安達潔という人は本気で句を作っている。作っている気になっていて、そうでない人があまたいる中で、詠み上げた句の出来不出来は別として、ひたむきに句作に打ちこんでいる人は尊い。さわさわと。この音を聴きとめた作者の力量。



老姉妹大花野へと手をつなぎ

(東京都)剱持 育代
 二十年前に私はこの句に心を揺さぶられただろうか。私には姉と妹がいる。私が七十三歳になるのであるから、六歳上の姉は八十に近く、若い若いと思っていた妹も古稀になる。両親の慈しみに包まれて過ごした少女時代も懐かしいが、年を重ねた老姉妹もまたありがたい絆で結ばれている。老・大という二文字がたのしさと優しさを表している。スカートが風にふくらんでゆくような時間である。


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