aoilogo2009年6月藍生主宰句
葉櫻月夜−櫻百句−
黒田杏子

   秩父
 冬櫻冬の青空山の水
 百観音結願札所冬櫻
 冬櫻防火用水厚氷
   上山
 うぶすなに自筆の墓石花を待つ
 しらかしとあららぎの木と花を待つ
 花を待つ月山暮れてゆく蒼し
 胸像の茂吉先生花を待つ
   新庄 佐藤家 二句
 古き世の雛を祀り花を待つ
 二張の琴立てかけて花を待つ
 子を生さず抱かぬをんな花を待つ
 花を待つ櫻皮の茶筒に替へもして
 三井寺の秘佛を拝し花を待つ
 花を待つ古稀のふたりの花を待つ
 櫻貝小木に拾ひて花を待つ
 花冷の橋冷えまさる隅田川
 花冷やこころにかなふ靴鞄
 花冷や包丁を研ぎ鍵かけて
 花冷の極みのけふを句座にあり
 花冷や句は一行のその余白
 花冷の兄弟姉妹兄を欠く
 花冷やあけ方にくる人を待ち
 留守勝ちのふたり棲む家花の冷
 ひとり来し奥の千本花の冷
 林檎煮てくださる花の冷ゆる夜は
 初櫻早寝早起きつづかねど
 舞人のソウルに帰る初櫻
 朝櫻両眼をつむる閑けさよ
 朝日子や谷の向うの山櫻
 睡れねば唱へて花の木の名前
 大甕に蜂須賀櫻その一枝
 さくら咲くさまよひびとの鈴の音に
 遠山のさくら母在すごと白し
 けふよりや花にめざめて花に臥し
 千年のさくらをめぐる鉦の音
 ふるさとは花の墓山父母と兄
 東京のさくらをめぐる木綿着て
 花の雲とは長等山園城寺
 さくら咲く去年の今日のかなしみを
 どこまでも櫻の国を漂流す
 夕櫻見たしと母は行つたきり
 生まれきしさくらの国に果つる日を
 日光月光列島の花だより
 その人の花見小袖も炎上す
 常温の上等のこの花見酒
 山櫻いまだ江戸彼岸満開
 寂かなる母のほほゑみ花の山
 朝櫻地獄極楽夕櫻
 乗りついでかの世へ一里夕櫻
 母と在りし日の遠ざかる櫻かな
 眼帯をはづすまどかな花月夜
   中近東文化センター
 さくらさくむさしののそらすみれいろ
 定年ののちの十年花行脚
 とほき日の遠山櫻散りはじむ
 ゆっくりといそぐ大島櫻まで
 花の守りしてをるだけと申さるヽ
 句を作れ作れ櫻の句を作れ
 咲き満ちて夜の山櫻亡き人に
 月満ちて花満ちて湖照りやまず
 とりけもの言霊三井の花の闇
 カステラを切り花の雨聴いてゐる
 二階家に古りし暗室花の闇
   妹 里子 謡曲「雲林院」を
 花に舞ふちちははに舞ふ兄に舞ふ
 おとうとと墓山にきて花を見て
 花満ちて首飾りせず指輪せず
 花筵遊行柳の見ゆる辺に
 母在さば遠山櫻兄在さば
 晴れてくる眼遠山朝櫻
 なほしばしこの世を巡る花行脚
   伊豆松崎
 海原に朝日大島櫻かな
 漂着者花の岬にめざめけり
 一夜泊つ花の長八座敷蔵
 櫻木の翁と語る暁の夢
 白足袋の尼僧の踊る残花かな
 昇天のあかつき残花飛花落花
 ちちははと訪ねし残花奥山の
 残花巡礼なほ北へなほ北へ
 火の渦に落花巻かれてゆく速し
 散りはじむらし遠山の朝櫻
 さくら舞ふ海辺の寺に荷を解けば
 いづこよりいづこへ花びらの過客
 漂ふと見れば漂ふ落花また
 一山の花散りはじむ舞ひはじむ
 連なりて朝日に染まりゆく落花
 ひろびろと落花ゆき交ふ朝の谷
 かの村の遠山櫻疎開の子
 落花一片谷わたりきてわれを過ぐ
 はるかより落花ただよひくるはるか
 どの谷のいづれの花となく舞へる
 月の夜を雪割櫻舞ひて散り
 墓山の落花一片づつきたり
 阿波鳴門一番さんの余花の門
 余花の舞ふ終の栖といふところ
 とどまらずいそがず余花を徒遍路
 園城寺余花のほのめく月夜かな
 老女たゆまずまつすぐにゆけ余花の国
 石割のさくらの余花の月夜寒
   吉徳十一代山田徳兵衛様 享年六十九歳
 葉櫻に月満ちたれど輝(て)りたれど
 葉櫻となりし九重櫻かな
 葉櫻や遍路ならねど白づくめ
 鮮しき眼葉櫻月夜かな


 
 
 



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