藍生ロゴ藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


若葉して老人ホーム若返り

(滋賀県)藤平 寂信

 寂信さんの湖想庵ぐらしも歳月を重ねた。八十代の日々が琵琶湖を見下ろす絶景の地にすこやかに営まれてゆく。この句、何でもないことを詠んだように見えて、読み手をもいきいきとさせてくれる力をたたえている。湖畔の若葉はみずみずしく、すき透るように美しい。若年の入居者がふえたということもあるのかも知れないが、私は何よりも作者自身およびその周辺の熟年者の人々のこころとからだが若返ったと受けとる。寂信さんも太極拳の奥伝を授与されておられる。




くれがたの一途に白きさくらかな

(京都府)曲子 治子

 この桜の木は何とも美しい。訪れる人もなく、満開の花をたたえて、白々と水のように風のようにその木は佇んでいる。くれがたという刻に、一途に白きという把握、この作者の美意識がたっぷりと提示されているが、甘さがない。含羞を含んだその花の木の立ち姿と作者の句作への一途な姿勢が重なってくる。




ばら園の大展望台いなびかり
(神奈川県)中村 朋子

 ばら園の生命力。いのちのエネルギーのようなものをダイナミックにとらえた句である。いなびかりというものが空中に放出するエネルギーに呼応して、群れ咲くとりどりのばらの花も、その空間をさまよう作者も活力を蓄えてゆく。ばら園といなびかりだけでは平凡だが、大展望台というものを配置することによって、一句の世界が映像的にもゆたかに構築されているのだと思う。



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