藍生ロゴ藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


春愁のひそと身に添ふ独り飯

(東京都)高島 秋潮

 品格のある句である。淋しいとか哀しいとかいう世界とは遠い、もっと人間の尊厳という言葉を思わせてくれる稟とした一行である。卒寿を超えて、ダンデイな高島さんが選んだメニューはワインにふさわしいフレンチかも知れない。日本料理かも知れない。創刊十七周年を迎える「藍生」には老若男女さまざまな俳句作者がおられ、それぞれに句境を深めてきておられることを私は熟知している。高島さんは戦前戦中戦後の長い人生を愚痴や泣き言に溺れず、ご自分の美意識を貫いて生き抜いてこられた。句歴も実に長い方である。この句に出合って、私は励ましを得た。句縁、句友という言葉を深く?みしめている。




日を纏ひゆく節分草一面

(埼玉県)寺澤 慶信

 この作者は節分草という野の花に傾倒しているようだ。毎年節分草の句を詠んできたが、この句は秩父の両神山の景だと思う。信じられない程の節分草の大群生地。このあえかな花は朝の太陽のひかりを享けてゆっくりと花をひらいてゆく。妖精のような花の群落が朝の光の恵みを得て、さざめくように輝いてゆく一期一会の時間に立ち合えたのである。




雪積む夜旅するやうにピアノ弾く
(北海道)山鹿 浩子

 浩子さんが北海道に移住されて何年経ったのであろうか。創刊時の東京例会で、受付などを担当して下さっていた折の、あの若々しい花のような笑顔を忘れない。旅するやうにピアノ弾く、ここにこの人のいまの自然観、人生観が余すところなく表明されているように思われ、時の恵み、詩心の熟成というものをまのあたりにする。



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