藍生ロゴ藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


露の世の足踏みしむる露の土

(東京都)田中 美代子

 第一句集「百千鳥」刊行ののち、田中さんの句はふくらみと存在感を増してきているように思う。八十代半ばの開業医の日々をすこやかに送っておられるのである。この句に説明は要らない。露の世と露の土というふたつの言葉を置いて、その真中に、足踏みしむるという自己の全存在をさりげなく置いている。性別を超えた、人間田中美代子の境涯句。言いすぎず、言い足らぬところも無く、あるがままに自画像を描き切っていて爽快だ。



老人の杖秋の日を受け流し

(東京都)井上 秀子
 長い老人の杖が秋日の中を進んでゆく。事実はそういうことなのだと思う。この作者の句は、俳句の定型にやすやすとはまらないところに特徴があって、この人なりの息づかいと韻律のようなもの一貫して追求しているところが魅力でもある。<秋の日の老人の杖長かりし>とでも書き換えてみれば、この句の構造の特徴とそのかもし出す世界の個性がはっきりするだろう。秋の日に応えて燦燦と輝く杖をもつ老人の尊厳、それは作者の人間観であり、人生観の表出なのである。



 星月夜酔さめぬ間に眠るべく
(愛知県)金堂 愛
 いつの間にか愛さんはこんな句を詠む人となっている。中七から下五にかけての状況はどこか哀しい。いや幸福なのだと受けとる人がいてもいいが、私はこの哀しみを知った近藤愛の俳人としての再起、再生をこころから希ってやまないのである。


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