藍生ロゴ藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


煙草炎ゆるよろける妻を見し

(茨城県)植木 緑愁

 緑愁さんは篤農家の主人。いつ会っても、赤銅色の輝く顔で活力に満ちている。かなりの広さの煙草畑を所有され、管理の大変さをいろいろと話してくれる。炎昼のその畑の作業に打ちこむ夫妻。日輪の照射と炎ゆる地熱と。こんな句は緑愁さんでなければ詠めない。労働の汗の結晶の作品は貴い。



葛咲いて地震の捨田を隠しけり

(新潟県)山本 浩
 山本さんは大地震という天災をのり越えて、ことしもすばらしい新米を収穫された。新潟日報俳壇で、この人の苦闘を投句作品を通してつぶさに知らされていた私は、いつも山本さんの健闘を祈りつづけてきた。山本さんから贈られてきた新米を私は合掌して頂いたが、この句に出合って、ふたたび手を合わせた。都会で暮らす私などの到底知ることの出来ない哀しみを抱いて山本さんは再起された。捨田を覆い尽す葛の花という現実。山本浩句集の刊行が待たれる。



老いてなほ黄金の稲を刈る冥利
(千葉県)石井 喜久枝
 石井さんは七十六歳になられた。何年か前、坂東吟行でこの人の住む地に近い札所を訪ねた。出席した全会員の机上に投句・清記・選句用紙一式と共に袋詰のお米が配られていた。喜久枝さんの田のお米をご家庭の協力を得て、私達におみやげとしてご用意下さったのであった。冥利とは、<それ以外のものでは決して味わうことの出来ない人間として最高の満足、幸福感>である。颯爽として長身の石井さんの風姿も思い出させてくれる句だ。


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