藍生ロゴ藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


 蜩のこゑ思ひ出のひとばかり

(千葉県)富澤 統一郎

 百歳に手のとどきそうな富澤さん。思い出のひとびとと心の中で会話を交される。その一語一語がゆたかで懐しいという想いが読み手の心にもたっぷりと伝わってくる。冨澤さんの作品には近年、切れが明確になってきている。句作を持続されるロングランの人生は、それだけでも見事であるが、作品が変化、深化発展していることは更に尊いことだ。



署名簿に年齢を書く秋高し

(兵庫県)清水 詠
 詠さんにお目にかかったのはただ一度、数年前に伊丹の柿衛文庫にお嫁さんの車でお見えになられた折のことだ。九十歳をはるかに過ぎた女性が署名とともに、年齢も明記する。生きていま在ることの証を爽やかに記す。サラリと詠み上げられた佳吟である。



鈴虫やそのひとだけに伝へたし
(高知県)西田 泰之
 九十代の長寿作家おふたりの佳吟を拝見してきて、三十歳になったばかりのAOI高知MIRAIのホープの作品に接すると、その句の若々しさが際立つ。まこと、俳句は老若男女の人生の詩。結社誌という小宇宙に集い競泳する愉悦の場面がこの世に存在することはすばらしいことと思われる。


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