藍生ロゴ藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


鈴虫の巡礼遠くより来たる

(東京都)磯辺 まさる

 鈴虫の巡礼という感じとり方、その表現に感動した。こんな表現で鈴虫を詠み上げた俳人はいない。遠くより来たるもまことに臨場感のある過不足のない言葉の置き方だと思う。ある日、あるとき、身ほとりの草むらで鳴き初めた鈴虫。よくぞ巡ってきてくれたものよというニュアンスがこの句の豊かさだ。去る五月に私はローマに行った。ヴァチカンに向かうのか、一団の巡礼団に出合う。チュニジア風の民族衣装を着けた巡礼者の群れ。その中のひとりの老女と眼が合った。一瞬のことであったが、不思議な共感、、連帯感のような絆を覚えた。フォロ・ロマーノの乾ききった大理石の遺構のほとり。この秀吟に出合って、私の胸の奥の底の方から顕ち上ってきたことしの大切な記憶の光景でもあった。



秋遍路てふ白きもの来たりけり

(神奈川県)森田 正実
 森田さんと四国遍路。この人は遍路吟行を持続できるのかなあ、と最初に参加されたとき、あやぶんだ。ともかく毎回参加されている。現役で東京で働いている人にとって、四国は遠い。時間と体力、エネルギーが要るし、何よりお金が必要だ。しかし、すべての行動はその人の選択と決断によりスタートする。丸八年間をかけた「四国遍路吟行」は来る十二月の第八十八番大窪寺行を以て満行する。空前のヒット番組となり、再放送がくり返され、ビデオとなり、近くモバイル放送まで始まる「四国八十八ケ所」(NHKハイビジョン番組)に起用された二十二名の番組レポーターの一人として、三十九番延光寺から四十二番仏木寺までの取材、出演をした頃、私は会社員だった。俳人としては唯一のレポーターだったが、あの仕事は私の人生の中でも決定打。二度とない体験。ともかく出かけてゆくことである。森田さんの作家としての今後を注目している。

 

西へ行くこと草の実の飛ぶ如く

(栃木県)半田 真理
 東京例会で多くの人に採られていた句だ。近年の作者の大和・京都単独行と重なる実感であろうが、句またがりが効果を上げていて、西へ行くことのイメージも拡がってくる。




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