藍生ロゴ藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


がうがうと湧く雲九月観覧車

(埼玉県)寺澤 慶信

 天空に浮かび廻る観覧車を詠んでいる。作者が観覧車に身を置いている。乗っているという解釈は不要である。作者は地上にいて、さほど遠くない位置からこの光景を切りとったのである。カメラにはとらえ切れないもの、それはまぶしい光の空間に湧き継ぐ雲のたたずまい、その様子をがうがうと聴覚を加えて享受していること。現在の自分には縁のないもの、観覧車も、渦まく雲の生命感も。その景観は都市のものである。都市の美ともいえる。この句に、作者の美学とともに、かすかな寂?感を覚えるのは私だけであろうか。その雲は野分めくものかも知れないが、天の輝きを十分に保持したおそろしくも美しいものだ。



合掌するてのひらに汗ひとしづく

(香川県)熊谷 一彦
 日本列島の各地を勤務地として移動しつづける作者である。長野市善光寺門前の住所が遍路道のある高松市に変わった。「遍路吟行」に参加した熊谷一彦の顔はすでに「お四国」の表情であった。休日には単独遍路行をしているという。おへんろさんを見て写生した句ではない。四十代に入った仕事ざかりの男性の自画像。一遍像のようにも思われる。この作者は俳句で十二分に自己を表現している。



天高しパンツ一丁干し上がり
(滋賀県)藤平 寂信
 この雑誌が出る頃、われらが寂信さんは満年齢八十二歳。寂聴さんと同年、半年ほど弟さんである。近江の淡海のほとりのシルバーマンションに居を移されて、湖想庵に独居。こんな句を詠んで「藍生」の連衆を励まして下さる。寂信さんを事務局長としてスタートした寂聴さん命名の「あんず句会」も二十年目に入った。ありがたいことである。


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