藍生ロゴ藍生9月 選評と鑑賞  黒田杏子


麦秋や雲より遠きわが故郷

(青森県)山本 けんゐち

 山本けんゐちさんのことを私は忘れたことはない。岩木山麓の難病棟でこの人は、「藍生」が創刊されるずっと以前から療養中の身なのである。ふるさとは下北半島である。故郷を離れて、ずーっとここに暮らしている。欠詠をされたことはない。ベッドからひとりでは動けないこの句友に、私は毎月投句を通して励ましを与えられてきた。この人のことを想えば、私をとりまく困難など、ものの数ではないのだ。



走梅雨店に小さき蠅とんで

(東京都)藤井 正幸
 「藍生」の前編集長藤井さんは、現在、すっぽん料理店の主人として、修行中。勤め人から経営者への転身は並たいていの努力では済まない。投句を再開された折の作品として、店主の眼が光っている。神経の張った現在の作者の姿がゆくりなくも表出されている。人生の変化とともに、句柄が変わるのは当然である。この人の俳人としての新しい一歩を示す実のある句である。



今を今生きて青葉の遍路道
(東京都)中村 祐治
 藤井さんのあとを引きついで編集長となった中村さんも転機に立っている。これまで全く経験していない編集作業を、専門家をトレーナーとして身につけるべく奮闘中。全く新しいことに取り組むことは、藤井さんとはまた別の学習と努力が要求される。一冊の「藍生」が会員のみなさまのお手許にとどくのは、何人もの会員の惜しみない努力と献身の積み重ねがあってのこと。編集企画と「藍生集」の選句に創刊以来責任を持ってきた私は、創刊十五周年の節目の状況を興味ぶかく見守っている。「藍生」は商業雑誌ではないから、本気で打ちこめば、結果は誌面にストレートに出るのだ。


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