7.1968年日本Can-Am
この年,3回目のレース観戦です。当時人気急上昇のCam-Amレースに参戦しているトップドライバー/マシンが日本でレースをするということですからこれは行くしかありません。
この日本Can-Amは参加ドライバー/チームの真剣さが伝わってくるものでした。レース当日の朝のウオーミングアップ(キャリブレーションテストといったかもしれません)中に高橋国光が安田銀治に代わってローラT70をドライブするというアナウンスがあり、観客席から歓声が上った事を覚えています。
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![]() TOP : #6 Mark Donohue's SUNOCO Special ( McLaren M6B Chev) and #52 Winner Peter Revson and his McLaren M6B Ford. (C) Photographs by Hiromitsu Iwata. |
主宰者 : 日本CAN-AM・・・・。 当時を小中学生で過ごした私や同年輩のモータースポーツファンの方々にとっては、この1968〜69年は、本当に素晴らしい2年間だったのではないでしょうか。 日本CAN-AMは、競馬で言えば有馬記念とでも言ったら良いのでしょうか、とにかく、その年の最後を飾る特別のイベントであったと思います。 日本グランプリと人気と言う点から比べると、少々ランクは下になるのかもしれませんが、本場のビッグマシンたちの速さは特別でありました。日本グランプリで活躍した、あのローラT70MKIIIやトヨタ7が、本場のCAN-AMマクラーレンやローラにあれほどスピード差をつけられてしまうのかと、当時は本当にガッカリしたものでした。 しかし、翌年の第2回日本CAN-AMでは、再びワークスマクラーレンは来なかったものの、5リッタートヨタ7がオートコーストTi22を破り、雪辱してくれることになるのですが、私はどうしても残念だと思うことがあるのです。岩田氏がおっしゃっていたように、チャパラル(AUTO SPORT志向が強いのでどうしてもそう言ってしまいます・・・)が来なかったことと、ジョー・シファート(カーグラフィック派だと、ジョセフ・シェフェールと言うのでしょうか・・・)が917PAで日本グランプリのリベンジをしてくれなかったことが、今だに心に引っ掛かっているのです。 まあ、38年も前のことですから、いまさらどうしようもない事なのですが・・・(笑)。 それにしても岩田氏の写真は、とてもアングルが良いですね!マシンのカッコイイところをちゃんと写しています。私は特にローラT70MKIIIのアングルが大好きです!
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![]() TOP : Japanese challengers in '68 Japan CanAm. 3000cc engine's '68 type Toyota-7 of #32 driven by S.Fukuzawa and #34 drivin by S.Hosoya. #27 Taki-Racing Team's Lola T70MKIII., driven by M.Hasemi. (C) Photographs by Hiromitsu Iwata. |
駆け足で1968年の日本モータースポーツ界の大きなイベントを岩田氏と共に回想してきました。 そして、貴重な数々の写真も紹介して頂き、感謝感激でありました。この場を借りまして、岩田氏にお礼を申し上げたいと思います。 さらに、次回は、1969年版を紹介して頂けるとのことでした。今から本当に楽しみであります。 皆さんご期待ください!! |
(C) Photographs, textreport by Hiromitsu Iwata.