『改革開放後中国の愛国主義教育』(武小燕著)

 

武小燕『改革開放後中国の愛国主義教育:社会の近代化と徳育の機能をめぐって』大学教育出版、2013
定価6,090  本体5,800  A5  380
978-4-86429-249-8   20131216日刊行

 2000年代以降の日本社会では新自由主義と新保守主義の影響力が拡大するなか、対外的に主権を主張し、対内的に愛国心教育を強化する傾向が強まっている。こうした背景のもと、中国で行われている「愛国主義教育」が反日教育として注目されるに至ったが、その教育内容や性格は十分に捉えられていないままでイメージ論だけが先行してしまった。中国ではいかなる国家像を求め、いかなる愛国心教育を行っているかが、今日の中国を理解し、健全な日中関係を構築する上で重要だけでなく、日本で推進されようとする愛国心教育を考える際の一つの視座にもなりうるのであろう。共に儒教文化をベースとしながら、民族的アイデンティティの確立と欧米諸国への追いつき追い越しを図ってきた日本と中国は、なぜ異なる近代化の道を歩み、異なる国家像を作り上げてきたのだろうか。その違いが今後拡大していくか、それとも近づいてくるかは、まさに今日の日中で求められる愛国心教育の在り方とその中で追求しようとする国家像と人間像と関連するものである。本書は、こうした課題意識の下で「愛国主義教育」の在り方を考察するものであり、その理解が冷え込む日中関係を考える際の一助になれば幸いである。

要  旨

 本書では次の五部構成で中国の愛国主義教育について、それを包含する徳育の視点から考察した。

序 章:愛国心と近代化運動―近代中国で目指された国の在り方

1章:近代化への歩みと徳育の機能―改革開放以来の社会背景と政策の分析

2章:学習指導要領と教科書の変容―政治、歴史、国語を中心に

3章:愛国主義教育の実態と学校教育の現場

終 章:中国の愛国主義教育の変容と課題

序章では、何をもって「国のため」や「愛国」だと見なされるかを理解するには、本の副タイトルにもある「近代化」の意味合いを清末に遡って確認した。それにより、Modernizationの訳語としての「現代化」や「近代化」には多様な理解があり、各論者や政党が自らの理解の下で近代中国の国家像を追求してきたことが分かった。特に社会主義志向、自由主義志向、伝統文化の中に近代性を見いだすという伝統文化志向が1920年代以降次第に社会思潮をリードする主なものとなった。中華人民共和国成立後、社会主義志向が一時に圧倒的な優位に立つものの、改革開放政策にともなう言論統制が緩和すると、3つの社会思潮による活発な議論が再開し、それぞれの正当性を競い合うに至った。こうした社会思想史的な理解が、改革開放後愛国主義教育政策の変容及びそれに対する人々の受容状況と働きを理解する上で不可欠な背景だと言える。

続いて第1章では、改革開放という近代化政策のもとで中国社会が生じた変化と課題を踏まえた上で、その対応策としての徳育改革の趣旨と内容を詳述している。

すなわち、この時期に社会主義イデオロギーからの離脱が進むなかで自由主義志向と伝統文化志向の思潮が高まり、次第に政府も市場経済体制の構築や伝統文化の奨励といった政策を打ち出すようになった。また、多様な主義主張が社会の表舞台に登場し、国有企業改革にともなう単位社会が解体するにつれ、価値観の多様化、社会の個人化が進み、国民統合の課題が浮かべあがってきた。さらに、階級政党から国民政党へと転換した中国共産党の変容やグローバル化時代における国民的・民族的アイデンティティ形成の課題が生じている。これらの課題に対し、中国が進むべき方向性と求められる人間像についての議論が盛んとなるが、伝統的マスメディアの発展とインターネットの普及がこうした世論形成に大きく貢献している。

これらの変化と課題に対応する徳育改革の過程で、愛国主義教育の変化が見られる。すなわち、愛国主義教育は、80年代にあくまでも共産主義者を育成するための基礎と位置づけられていたが、1989年の天安門事件後とりわけ1992年以降の市場経済期に、その重要性は社会主義教育を上回り、国の近代化建設に貢献する愛国者の育成こそ最重視されてきた。さらに、2000年代以降伝統文化の継承と発揚が強調され、愛すべき国家像が国民国家から中華民族共同体へと展開している様子がうかがえる。また、この時期に展開される公民教育でも愛国を基本としながら、法意識の形成に代表される近代的な市民性の育成を重視している。つまり、改革開放後の愛国主義教育政策は、次第に共産主義の追求から近代的な市民性と中華民族としての民族意識の確立へと転換してきたことがうかがえる。

2章では、上記の徳育政策が学校の教育活動にいかなる影響を及ぼしたかを把握するように、中等教育を中心に、徳育の価値観を強く反映する政治、歴史、国語の3教科の教学大綱や課程基準(日本の学習指導要領に準ずる)と教科書の内容について分析した。

改革開放期に教科書制度は国定制から検定制に、教育課程も中央集権から地方分権のものへと改められたことにつれ、学校教育の内容は全国統一のものから多様性のもつものへと変化してきた。また、同じ出版社の教科書でも、出版された時期により、その記述は大きく変わる。1970年代以降出された3科目の教学大綱・課程基準および業界最大手の人民教育出版社の教科書の内容比較からは、次の変化が確認できる。すなわち、政治教育では社会主義教育から公民教育へ、歴史教育では革命史観・闘争史観から文明史観・近代史観へ、国語教育ではコミュニズムからヒューマニズムへと、各教科の目標や性格が変容し、教科書の内容もそれに対応する記述に変わってきたのである。さらに同じ時期に他の出版社が刊行した教科書には、同じ歴史的事実に対して異なる評価が下されていることも確認された。

これらの変化は、徳育政策に対応するものであると同時に、学校教育に携わる人々が積極的に改革を促したものでもあり、「上」と「下」の双方の働きによって生じたという理解が重要である。つまり、学校の教育内容で生じた社会主義イデオロギーの一元支配からの離脱と自由化と民族化に向かう変革は、根本的に前述した自由主義志向と伝統文化志向の社会思潮と関連し、人々が議論する国家像や人間像を追求するものである。例えば、今日の政治教育では個人の権利意識や主体性が強調されると同時に、孝や和といった伝統文化の価値観も取り入れられるようになった。歴史教育では、民衆の革命、国内外の共産党の歴史ばかりではなく、西洋の国々の発展や古代中国の文化により多くの頁を割くようになった。また、国語教育では外国の作品も中国の古典も大いに増えてきたのである。

3章では、愛国主義教育キャンペーンと、フィールドワークで調査した学校教育における徳育の現状ならびに若者の愛国意識に関する分析がなされた。

90年代以降、中国では愛国主義教育基地が数多く指定され、その見学は政府によって奨励されるほか、青少年を対象にした愛国主義関連の書籍や曲が推薦され、それに関するコンクールなどの活動が多数行われている。これらの基地その他の活動では、現体制の擁護という政治的な内容ばかりではなく、伝統文化の継承、社会発展の促進、さらに個人の主体性の確立など、実に多様な内容が含まれ、経済促進策や近代化教育という側面も見られる。なお、中央が指定した基地や曲に党の歴史や功績を反映するものが多いのに対し、地方が指定したものには企業や文教施設ひいてはポップソングなど文化的・経済的な内容が多く、脱イデオロギーの傾向が強い。

また、著者が2008年から2009年にかけて中国の10の中学校・高校で行ったフィールド調査を通して、中国のほとんどの学校では愛国主義教育を重視し、それを生徒指導、クラス会、国旗掲揚式、国慶節やその他のテーマ活動などの徳育活動に取り入れていることが確認できた。これらの活動は受験教育によって形式化する面もあるとはいえ、基本的な規範意識の育成をはじめ、進取の姿勢、国内外の情勢や政策に対する認識、社会的責任感の樹立、国や中華民族への帰属感など多様である。なお、地域の近代化と学校の教育環境の水準によって、学校の間でかなりの違いが見られることも指摘できる。

そして、フィールドワークで回収したアンケートの分析(有効回答は1359部)を通して、生徒の間では「愛国」の価値観を積極的に肯定する傾向が強い一方、その理解には国力増長への貢献意識、伝統文化に対する継承と内省の姿勢、欧米諸国との交流と協力関係の増進、ひいては政府政策や社会問題に対する批判的な意識など、多様なものが存在していることが明らかになった。また、属性別に分析したところ、中学校・内陸部・一般校の生徒は国家意識が強く、政策に従順であると同時に、欧米諸国に対して好意的で協調主義の姿勢が強いことが分かった。他方、高校・沿海部・エリート校の生徒は、社会への関心および個人意識・市民意識がより強く、先進国と競争する意識が強い一方、行動面ではより理性的だという傾向が見られる。

最後に、終章ではこれまで確認してきた愛国主義教育の変容と課題をまとめた。改革開放後愛国主義教育の変容の背後には、2つの意味の近代化が存在していると言える。一つは、先進国を見習うと同時に、先進国に追いつき、追い越しを図ろうとする意味の近代化運動である。もう一つは、西洋の価値観を中心とする「普遍」に対し、多様性と個性を主張し、西洋と「対等」な意識の下で、自らのアイデンティティを自覚的に再確認しようとする動きである。二重の近代化における、世界に共通する価値観を認めつつ、自らのアイデンティティを維持しようとする2つのベクトルは、同時に改革開放以前に行われた単一な価値観の注入や画一的な歴史の解釈に対して別れを告げる方向に働いている。こうした性格を持つ愛国主義教育は、政策や教科書の内容からも教員や生徒の意識からもうかがえる。そこで主に育てようとするものは、政府への盲目的な追従でもなく、政治に対するシニカルな感覚でもなく、更に排外的なナショナリズムでもなく、むしろ、まず立ち遅れた社会の現状を改善し、国の近代化に貢献する意欲と中華民族共同体への帰属意識だと言える。

他方、求められる国家像が社会主義国から中華民族共同体に変わったとはいえ、愛国主義教育は依然として国家を前提にして行うものであり、そこで個人の価値を軽んじがちである。現実に1990年代に自由主義志向のもとで専制政権を批判した知識人が2000年代に国家主義を謳う姿勢に転換したり、愛国という名の下で一部の若者が暴言や暴行を繰り返したりするようなことが生じている。また、世界との不十分な情報共有のなかで、ステレオタイプ的な認識で排外的なナショナリズムを抱えてしまうことも指摘できる。今後、個人の主体性はいかに国家志向から解放されるか、また、より客観的で理性的に国家像を捉えるように、複雑な歴史事象と社会の現状に関するより豊かな認識をいかに学校教育に取り入れるかが、愛国主義教育にまつわる課題だと考えられる。そして、国際社会における中国認識も、ステレオタイプな思考回路を是正し、その社会変革に応じてその課題と現状を見極めることが必要であろう。 

著者紹介:武 小燕(う しょうえん)

 1975年中国河南省生まれ。洛陽外国語学院卒業後、日系企業で勤務。2002年来日。名古屋大学教育学部研究生を経て2004に名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士前期課程に入学し、2006年に修了。2011年同研究科博士後期課程満期退学。博士(教育学)。現在、名古屋経営短期大学子ども学科講師。

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