カネハチ米店
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米どころ会津若松

会津盆地は、春から秋にかけて昼と夜の寒暖の差が大きい。
そのために会津でつくられる米は、独特の甘みがあります。
炊きあがったときのつや、さめてからも食味が落ちず、
おにぎりや寿司飯などもおいしく食べられます。
会津地方では、こしひかり、ささにしきなどを中心にした
おいしい品種の米がつくられています。
日本穀物検定協会は、産地・品種の違う約210種類のコメの種類を調べ、
5段階の「食味ランキング」を発表している。
この中で会津産こしひかりは、最高の特Aを取っています。

城下町、会津若松の歴史を知ろう。

 会津若松市は福島県の西部にあり、周りを山々に囲まれた会津地方の中心地として昔から栄えてきました。葦名(あしな)氏が長い間会津全域を支配していましたが、戦国時代末期には伊達政宗(だてまさむね)が会津に入り、その後豊臣秀吉(とよとみひでよし)の命令で蒲生氏郷(がもううじさと)が会津を治(おさ)めることになりました。氏郷は黒川といわれた地名を若松と改め、城と城下の大改修を行いました。会津若松のまちづくりや漆器、お酒といった伝統産業は氏郷の時代に整備されたのです。蒲生の後、上杉、加藤時代を経て、三代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)の異母弟保科正之(ほしな まさゆき)が会津松平藩を作りました。松平時代は約200年続きましたが、1868年の戊辰(ぼしん)戦争で薩摩、長州といった西軍に敗れました。このときの白虎隊の少年たちの物語はあまりにも有名です。明治以降、会津若松市は復興し、現在人口約12万人の都市になりました。今でも市内のいたるところで古い歴史や文化に触れることができます。