CMCCにつながる皆様へ その2

                          2020.7.1
                          CMCC理事長 藤崎 義宜

 最近、アフターコロナ(コロナウイルス後の世界)という言葉が聞かれるようになりました。

目に見えない新型コロナウイルスは、私たちの心に、飛沫や接触によるウイルスの物質的な感染以上に、不安と恐怖という心理的な感染をまき散らしました。

 不安の一つは、目に見えないウイルスによって私たちが感染をして病気になる、あるいは、気がつかないうちに他の人たちに感染をさせて迷惑をかけてしまう恐れですが、それ以上に、これから私たちがどうなってしまうのか、アフターコロナと言われている世界がどのようなものなのか、何が私たちから失われ奪われてしまうのか分からない不安といら立ちというのもあるのではないでしょうか。ある人は大変な不況がやってきて倒産が増え、失業する人がたくさん出て大変になる、今までの仕事の在り方や社会の在り方が根本的に変わってしまうという人もいます。

 「命を守るため」の外出自粛要請ということで、家の中に閉じこもる時間が増え、不要不急なものを自粛するということで移動をする自由を奪われ、 いろいろな人々との関係が分断されてしまいました。でも、この外出自粛のために逆に、自分にとって何が重要で何をなくしても良いのかということを 根本的に考える機会になったり、大切な人たちとの関係をどのようにしたらよいのかということを考え直す機会にもなった人もいるかもしれません。

 アフターコロナの世界は、今までとは違う世界になってしまうのかもしれません。同時に、すべてが分断されたり、 自粛によって崩壊したものもあるかもしれませんが、それによっていろんなものがリセットされて白紙に戻り、 逆に自分でアフターコロナを創り出すことができるという面もあります。昔から、大きな規模の感染症は人類の歴史を大きく変え、 人々の暮らしや仕事の在り方を変えてきたのも事実です。しかし、大きな変化は、人間にとって苦しみと犠牲を強います。 物事は葛藤の中から生まれるということもありますし、生みの苦しみという言葉もあります。

 苦しみと犠牲を通して、生まれ変わっていくものも確かにあるのだと昔から人々は教えてきました。新型コロナウイルスによる被害と不安だけでなく、 この危機によってもたらされる気づきや変化による新しい可能性があることもあわせてみていく必要もあります。不安や緊張感というのは、目に見えないウイルスと同じように人に伝染していきます。自分でも気がつかないうちに、不安感や緊張感で体が硬直し、生活が不規則になったり、十分な睡眠がとれなくなっている方もいるかもしれません。

 葛藤や困難、混乱の時には、慌てたり焦ったりしてパニックを起こすのではなく、ゆっくりと必要なことをして、原点に戻ることが必要です。 見失っていた自分を取り戻すこと、心の安定とバランスを取り戻すことが大切です。


《自分自身をケアしてみる》

 自分でも気がつかないうちに、不安や恐れに取り憑かれてしまっているということがあります。わけもなく何かにイライラしていたり、些細なことに当たって攻撃的になったり、人や家の外の世界に恐怖感をもったりする。自分がよく休めている感じがなく、疲れやすく、体調もよくない。これから自分がどうして行ったら良いか分からなくなり、気分が落ち込んで鬱になる人も出てくるかもしれません。

 不安や怖れが人を支配するとき、自分が自分であるという感じがもてなくなり、自分の気持ちや感情をしっかりと味わうという心のゆとりが失われていることもあります。まず、自分自身でもある自分の身体の声に耳を傾けてみましょう。そこは自然や生き物の一部である命の営みがしっかりと息づき、静かに、そして確実にあなたを生かしている驚異的な創造の現場です。


《身体の声をきく》

 自分の身体の中に自然のリズムがあることを知り、そのリズムを回復し、リズムに従うことを覚えるといろんなことがスムーズになることに気がつくことがあります。

 私たち人間は呼吸という命のリズムの中に生きています。心と身体は密接に繋がりあっていて、心と身体がばらばらであったり、どちらかがもう一方を無視したり、偏りすぎたりすると心身はバランスを失い、病気的な症状を生み出します。特に、不安や危険を感じる危機的な時には。

 現代人は体の中でも大脳を偏重しすぎますが、身体の臓器や皮膚やさまざまな器官にそれぞれの意識と知性があることが最近の生理学の研究で分かってきています。私たちが偏重している大脳は相当に頭が悪く、特に人間の脳は欠陥品でもあって思考する能力は優れていますが、自然とのバランスをとったり、他の器官を修復したり、癒したりする機能は相当に劣っています。また頭を使うことは一番エネルギーを消耗するので、体と心の回復のためには頭を休ませ、神経をしずめなければなりません。頭を休ませ、賢く頭を使うためには、体と頭をリラックスさせ、呼吸を腹式呼吸に変えて、心を整え、客観的に物事を判断できるよう気持ちを落ち着かせることが大切であることが昔から知られています。瞑想、あるいはメデテーション、デボーションなどの名前で知られている技法は、呼吸と身体のリラクセーションを基本にしています。


《呼吸法の具体例》

 1、まずゆったりと座り、あるいはゆったりと立っても良いですが、体の力を抜きます。特に頭と首と肩の力を抜いてください。不安や恐怖を持っている場合には、頭と首と肩がすごく緊張し力が入っている場合が多いです。

 2、大概の人が気がつかないうちに、胸で呼吸をし、その呼吸が乱れている場合が多いです。意識して、腹式呼吸に変えます。おへその少し下、昔から日本では丹田として知られているところに意識を集め、その部分を感じながら、長く大きな息を吐きます。吸う方は息を吐ききればば自然に体の中に入ってきます。しばらくの間意識して長くゆっくりと息を吐き出し、新しい風が自分の中に自然に入ってくる呼吸を繰り返しやってみてください。

 3、自分の体をチェックしてみて、凝っているところや、力が入っているところがあれば、その部分の力を抜きます。体の痛みや頭痛、痺れや感覚がなくなっているところがあれば、それをチェックします。

 4、ゆっくりと腹式呼吸をしながら、自分の体が苦しんでいるところ、痛んでいるところ、ざわざわしたり、ムカムカしているところ耳鳴り、めまいなどがあれば、そこに意識をあて、そこの体の部分をよく感じ、味わい、そのところの声を聞いてあげるようにします。最初は苦しかったり、しんどかったりするかもしれませんが、そのうちに穏やかになり、痛みや苦しみが和らぐ体験をする人がいます。あるいは、心が落ち着いてくると自分の問題や状況を客観的に見ることができるゆとりが生まれてきます。

5、1日に数回やると効果的ですが、短い時間毎日やると効果がかなり現れてきます。

 危機的な時や病気の時、どうしたら良いかわからなくなった時に、自分が人からケアをされ、支えてもらい、立ち上がる機会を与えてもらったことがあるという体験は、その人の中に信頼と自己肯定感をつくりだす非常に大切で有益な体験です。感謝と喜び、全てのものが助け合うことでつながっているという基本的な信頼感の原体験になります。

 危機の中で怯え苦しみ傷んでいる人、病気の中でうめき苦しみ葛藤と混乱の中にいる人は、憫れむべき可哀想な人なのではなく、それぞれが根本的な問題の前で大きな課題に挑戦を受けている個人であり、大きな仕事をし、使命を受けている人であるという見方もできると思います。

 ケアをしようという人にとって、自分が危機に陥って無力さを感じ、それによってケアをされたことがあるという体験は、ある意味でかけがえのないケアに対する深い理解と感覚の源になります。それは弱さの体験であり、傷つき、惨めさと恥をかいた記憶かもしれませんが。

 事実をありのままに受け入れ、知っていくことは自分を大切にし、立て直していく大切なプロセスです。自分自身が不安や恐怖に乗っ取られている場合、気がつかないうちに、事実を避けたり歪めたり、そこから逃げようとする、感じるべきものを感じないようにする心の動きが起こる場合があります。

 また、心と身体は密接なつながりを持っているために、自分では気がついていなくても、身体は正直に感情や情緒、不安や恐怖、歓びや安心感を体自身で表現し、あるいは体に蓄積をしています。意識されない感情やダメージ、感覚、価値観は体に蓄積され、ストレスとなり、それが解消されないで溜まっていくと慢性的なストレスとなり、様々な病気や臓器等の不全を引き起こし、免疫を低下させていきます。

 呼吸は、絶えず動き変化する自然と命の大きなダイナミズムの源です。心身を整え、落ち着かせ、冷静な洞察力を養うことは、自己免疫力を高めることでもあります。


《ゆっくりと歩む》

 今まで、私たちは気がつかないうちに急ぎすぎていたり、何かの目標に向けて追いかけられるように、あるいは取りつかれたように駆り立てられていたのかもしれません。「緊急事態宣言」による外出自粛要請で体験した世界というのは、それまであわただしく動いていた世界が急にストップをかけられ、最初はその事態が訳が分からずにパニックになっていたのが、その内にそれが日常となり、今まで忙しさの中で忘れてしまっていたり無視していたものが、浮かび上がってきたり、思い出されてくるということを体験した人もあるかもしれません。時間ができたので家の中を整理していると、箱の中から部屋の隅から自分の過去が現れてきて、自分自身をそれによって思い返してみた人もいるかもしれません。

 新型コロナウイルスによって仕事や生活にストップをかけられる、今までつながっていて当たり前と思っていたものから分断されると、自由が制限されつながりが断たれて苦しくなったり悲しくなったりする一方で、今まで猛烈に追い立てられて時間に急き立てられて走り続けている中では見えなかったものが見えてくる可能性があります。ゆっくりと歩き始める、外を自由に出歩けないので、家の近所を散歩することで今まで気がつかなかったことに気がつくということも起こってきます。そして、自分には何が必要で、何が必要ではなかったのか新しい視点で考え直してみるゆとりがでてきます。

 ゆっくりとした歩みをとりもどし、自然を感じなおしてみたり、自分自身とのつきあいをゆっくりしたペースで時間をもってみると、世界を見る目が変わってくるかもしれません。


《バランスの大切さ》

 過剰さ、行き過ぎ、傲慢さというのは、古代の人たちにとっては重大な罪でした。今回の新型コロナウイルスの災害も、私たち人間が奥地まで開発して環境を壊し、奥地の動物の中で静かに生息していたウイルスが、入り込んできた人間の細胞に入り込んで感染症となったのだという説があります。そうなると、この感染症は人間が自分の手で引き起こしてしまったものということになります。そして人・金・ものが世界中を自由に動くグローバリズムによって瞬く間に世界中に広がってしまったということです。もちろん、グローバリズムによって、世界中は経済的に豊かになり、私たちは今まで手にしたことのないほどの移動の自由を手に入れました。しかし、このグローバリズムでかつてないほどのアンバランス、格差が生まれたのも事実です。経済格差をはじめとしてあらゆるところでひどい格差が生まれてきたところに、100年に一度ともいわれる新型コロナウイルス感染症による災害と非常に厳しいロックダウンや自粛が起こりました。これによっていろんなものが制限を受け、ストップしてしまったのも事実です。

 病気や自然災害は、アンバランスになり危険な病的状態になったものを修復する自然のバランスでもあります。過剰になってしまったもの、バランスを失ってしまったものに制限をかけてストップをさせ、歪み過剰になった関係を切断し、より命に満ちたつながりの回復、生き方の見直しなどをもたらす自然の癒しの力でもあると言われます。

 アフターコロナは、新型コロナウイルスとつきあって生きる世界でもあります。 自分と人と世界を守るバランスのとり方を試行錯誤しながら、そして工夫しながら生み出していく、生みの苦しみの時代でもあるのかもしれません。



              CMCCにつながる皆様へ その1

「いかに幸いなことでしょう 主よ、あなたに諭され あなたの律法を教えていただく人は。 その人は苦難の襲うときにも静かに待ちます。」
                          詩編 94:12-13 新共同訳

「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。」
                  コリントの信徒への手紙二 4:8-9 新共同訳

 現在、CМCCは「緊急事態宣言」のなかで、電話相談や当事者会をはじめとしてさまざまな支援のための活動ができない状態が続いています。 ユーザーの方たちには、ご不便をおかけしていまして、皆心痛む思いの中にいます。

 しかし、たとえ、電話を通してお声が聴けなくても、あるいは、顔と顔を合わせてお互い同士お話ができない状態にあっても、 こころとこころがつながり合って、このつらい状態の中でも喜びや希望に出会うことができますように願っています。

 不安や恐怖は目に見えない形で、人間の心と身体に影響を与えます。特に自分でも気がつかないうちに、気持ちが落ち込んでいたり、 イライラしていたり、はげしい頭痛や腹痛が起こってくる時、知らず知らずのうちに体に必要以上の緊張がおこっている場合があります。 身体の力を抜き、こころを整えましょう。

 不安はさらなる不安を生みだし、恐怖はさらなる恐怖を生み出します。
まず、こころを落ち着け、呼吸を腹式呼吸に変えて息を整え、自分自身をとりもどしましょう。ゆっくりと深い呼吸の中で、 こころといのちのリズムがもどってきます。感染症に対して、自己免疫力をあげることも大切です。 規則正しい生活、バランスのとれた食事、十分な睡眠、友や仲間がいると思うことで得られるこころの平安、すべては命の力、免疫力を助けるものです。

 明けない夜はありません。夜明け前がもっとも闇が深いと言われています。闇の深さは、夜明けの近さを知らせるものでもあります。