藍生ロゴ 藍生4月 選評と鑑賞  黒田杏子


そばすすらず酒酌まず年越しにけり

(東京都)マルティーナ・ディエゴ
 ディエゴさん三十四歳。書き下ろし光文社新書『誤読のイタリア』刊行。日本の文化文学を母国イタリアに正しく伝える仕事に打ち込むため、永住権取得をめざし、活動中。越年の句として味わい深いですね。ドナルド・キーンさんを尊敬、キーンさんが過ごされた東京都の北区にアパートを見付けられた人。投句ハガキの筆蹟も実に味わいのある日本文。



晴ればれと遺言果たし年暮るゝ

(徳島県)岡村 藍
 この遺言を託されたのはご夫君であられた故岡村圭真先生。源久寺ご住職、空海研究家として知られるお方でした。過日、岡村と立派な墨書のある熨斗袋が届きました。「生前に住職がこののち黒田先生は数々の賞を享けられる。その折にお届けするように」と遺されたご祝儀袋とのこと。丸八年をかけて満行をみることの出来ました「藍生」のロングプロジェクト「四國八十八ヶ所遍路吟行」。先生にはどれだけの教えを賜り、お励ましを頂いてきたことか。想うたびに涙ぐみます。先生は徳島市の新町小学校の先輩が寂聴先生であられることを誇りとされ、京都大学では故大峯あきら先生と無二の学友であられたのこと。源久寺の奥の間で瀬戸内敬舟さんと二人、空海の「即身成仏」についての特別講義を伺った夜のことなど、思い出はすべてご恩につながります。眉山の麓、金龍水井戸のまん前の源久寺を想えば、勇気が授けられます。



美しく老いたる妻の屠蘇を享く

(福井県)木内 利栄
 木内さん八十二歳。屠蘇を注がれる夫人のたたずまいが眼に浮かびます。美しく老いたる妻の…と句に詠み上げられるご夫妻の日々の幸せが読み手のこころを豊かに幸せにして下さる一行と思います。


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