藍生ロゴ 藍生9月 選評と鑑賞  黒田杏子


息できることありがたし端居して

(東京都)岩崎 宏介

 帰り新参岩崎宏介さん。54歳。その昔、朝日カルチャー新宿の「学生と働く人のための俳句入門講座」に奥野さんと二人で参加。「東大オーケストラ」のヴィオラ奏者でした。長らく米国滞在。現在は東京麹町に事務所を構える会社の経営者。これまでも会員でしたが、投句はありませんでした。
  「投句を再開します」と事務局の成岡さんに連絡が入ったと聞き、久々に電話会談。
 「ありがたいことに会社は順調。仕事は増える一方です」。「ただ、近ごろしみじみ感じているのですが、私には人徳というものが欠けています。情けないことですが・・・」。昔からの宏介ファンの中野利子さんにこの話を伝えたところ、「50代で自分に人徳が無いと自覚出来たのは偉い。大方の人はそんなことにも気づかず死んでゆくのよ」と。この言葉を電話で伝えると、「そんな風に言って頂けてありがたいですねえ。こういう話はやっぱり俳句の世界ならではですね」。「私は81歳ですが、自分に人徳があるかどうかなんて考えてもみなかった」と言ったところ、「黒田先生は人徳そのものですから、お考えになる必要はありません」。「宏介君とこんな話が出来て面白かった。ともかくいい句を作って下さい」「本気で取り組みます」。



生き方を問はれて涼しなほ涼し

(愛知県)近藤 愛
 愛さんは47歳。ようやく第一句集『遠山桜』の句稿がまとまり、時間をかけて私は序文を書きあげたばかり。毎日新聞「女のしんぶん」の楽句塾に中学生のときから投句された人。「藍生」には創刊号から参加されています。刊行プロジェクトには深津健司さんが加わって下さったので「藍生文庫69」としてこの秋には刊行予定。
 この句、「涼し」という季語が効果を上げています。単純な句ではない。そこに期待。



チェーホフは読まず嫌ひの冷奴

(東京都)牛嶋 毅
 牛嶋さんは読書家。それもめったにおられないレベルの読書人のようです。あるとき、好きな作家の話になって、この人の読書量の大きさを知ることになりました。この句、チェーホフと冷奴の取り合わせが斬新で嫌みがありません。作者の強い実感がこの一行を支えています。


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