藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


何もかも消え蝋梅の香の残る

(兵庫県)今井 豊

 作者はいまあの床しい蝋梅の香に包まれて佇っている。この花を詠んだ句は無数にあり、その芳香を詠んだ句も数え切れない。今月の投句を選句していて、この句に対面したとき、今井豊という俳人は自己変革を遂げたのだと思った。毎月力作を投じてきておられる。さまざまな試みを句作に投影してきておられる。しかし、言葉が硬い。結果として読み手の心に響いてくるものが不足している。読書人かも知れないが、俳句の実作者としては未完である。今井豊という作家の作品には到っていない。この人独自の世界が見えてこない。と思って、毎月の作品を期待とともに見守ってきた。今回の作品でホッとした。ご本人は四句目の〈‥花柊の楔打つ〉を自信作と自負されているかも知れない。俳句という一行の詩で勝負されるなら、この蝋梅の句であろう。五十七歳は若者ではない。本格俳句に正気で立ち向かわなければ。今が大切。



桃色のバラの花挿し雛の客

(ミネソタ)コリンズ和子
 ミネソタに桃の花は無いのでしょう。コリンズさんも七十歳。異国での暮しの中で雛飾りをされた。訪ねてくれた雛の客のために女主人はバラの花を飾った。もしくは雛の客人がバラの花を携えてきて下さった。桃色のバラの花であることに深く感動します。



写真には写らぬ涙牡丹雪

(愛知県)井上美保子
 言われてみればそうですね。涙というものは画面にはとどまらない。でもそのときの涙は井上さんにとっては忘れることの出来ないもの。牡丹雪の座五もなかなか巧いですね。


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