藍生ロゴ 藍生2月 選評と鑑賞  黒田杏子


仏壇に波ののたうつ秋出水

(栃木県)最東 峰

 峰さんは闘病中。栃木県烏山市に住む私のいとこ達から台風による水害の情報は入っていた。峰さんは今年も自宅の庭で収穫された見事な柚子を一箱届けて下さった。二月号の選句は年賀状に署名したり、その他山のような原稿依頼にひとつひとつ応えてゆく日程の中で、気合いを入れて取り組むべき仕事。北海道・東北の部を終え、関東の部に移る。埼玉、千葉、栃木と進んできて、この投句用紙に対面、眼を疑った。庭付き一戸建日本家屋に暮らす作者。新聞や雑誌の俳壇の選句欄にも数多くの台風・洪水にまつわる句が寄せられ、作品を通してマスメディアからの情報からは得られない実態に接してきていた。最東峰さんはもともと加藤楸邨門。若いときから「寒雷」で修業を積んでこられた。世界最短詩「俳句」の底力をこの四作であらためて確認できた。



旅人の訪ねくる夢障子貼る

(秋田県)須田 和子
 我家をめざしてやってきてくれる人がいる。しかしそれは夢の中の話。夢で見た幸せな時間。何ともいえないその嬉しさ。障子貼るの句として実にユニークかつゆたかな一行。



夕闇の秋明菊に迎へられ

(茨城県)河野 巌
 たまたまこの作者のご自宅に電話をかけた。夫人が出られ、「ラグビー観戦のため、今週は家に戻りません」と。その折の帰宅とは限らないが、自宅の庭に秋明菊がひらいている。白花であろう。夕闇・秋明菊・安堵。読み手のこころにも作者と同じく幸福感のようなものがほのかに満ちてくる。


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