aoilogo2019年11月藍生主宰句
霧の奥
黒田杏子

  九月七日 97歳寂聴先生と対談 五句
午後二時の嵯峨野僧伽の鉦叩
人拂ひして長き夜を書き継がれ
筆擱かぬ尼僧秋灯高く高く
なにはともあれ稲妻を招き入れ
寂庵の木戸に閂稲光
  池内 紀先生 78歳 三句
霧のミラノの消印の繪はがきも
稲光手書き人生仕舞はれし
須賀敦子池内紀霧の奥
  81歳の秋 十二句
友のありていちじくの荷のけふもまた
十五夜のいちじく十五もぎ供ふ
いちじくを水菓子としてふたり棲む
いちじくの甘煮子どもの居ない家
月に供へしいちじくを割る夜更け
老人の日や稲妻を待つとなく
ちひさな部屋に巨きな机稲光
アーレント読む夜と決める稲光
金輪際一歩も引かぬ稲光
聖繪のをとことをみな稲光
引き返す道無かりけり稲光
弓町の草に露草稲光


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